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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
42/44

ep.42 *

「結論から言おう」と月見里くんは話を切り出す前にそう前置きをした。

 私はもはや、長々過程を聞きたくもなかったために、むしろ幸運であったであろう。

「この学校には彼女をいじめるような人間は端からいなかった」

「それって!?」と私は思わず聞き返した。

 さっきまでの台詞を吹き飛ばすほどに唖然としてしまった。

「そのままだよ。学校でのいじめはなかった」と言い切った。

 それがそのままというのが、私の思考を急激に鈍足にさせた。

 あれだよと彼は付け足すようにして、話をつづけた。

「学校側が隠蔽とか教師たちによる圧壊したとかじゃない。根本的にそういったことが起きてなかった。それに過ぎない」と彼は結論付けた。

「バカよ。うちのクラスで彼女をいじめるその気はあったのよ」

「君の言うあったと、事実としてのあったでは全くの違うものだろう」

 彼は私をなだめるようにして、平坦な声でしゃべった。

「君はただ思い過ごしだったてことだよ」

 思い過ごし、そんなことはない。彼女を畏敬の目で見ていた。それなのに誰も咎めなかったっていうの。誰も彼女を否定しなかったていうの。

「蛇足に終わったことは幸いというべきか。それとも元凶がいなかったことを嘆くべきか・・・」と彼は腕を組みながらうなった。

「それは幸いなことよ。みんな、疑心暗鬼から解放されるのだから」

「それはもっともな見解だね」と彼も納得いったのか、組んだ腕を解いた。

「じゃあ、岸峰くんは一体何を掴んだっていうの?」

 さぁと月見里くんは首を横に振って解らないと意思表示をした。

「僕がお役に立てるのはここまでかな」と彼は晴々とした声音で言った。彼も彼なりにがんばっていたのだろうなどと思いながら、その場を後退りするようにして退出しようとするが、彼にはお見通しというように声をかけてきた。

「例の条件は呑んでくれたって、了解していいのかい」

 私は半ば教室から出た足を戻した。

「別に、いいわよ。私も気になってたところだ」と承諾した。

 気がかりではあった。彼女を死へとおいやった張本人が私の眼前に映らないことが、そういった意味では私は月見里くんが言うように嘆いている。憎んでいるともいってもいいかもしれない。結局、この件をわざわざ大げさなことまで持ち上げたのも私のわがままであったし、クラス内に犯人がいると踏んでいたのも私の思い違いでわがままとしか言いようがない。

 篠山さんが言ったように、私は結局救済ではなくて混乱を招いただけの大バカ者だったようだ。


 夏休みに入って、燦燦とした太陽が照り付ける中。私たちは四十川さんの家へと訪ねに行った。

「君は彼女との密接な関係があったからいいものの、僕は接点と呼べるようなものはないから、こうやって同伴してくれるのはありがたい」といった。横で白い日傘を差している月見里くんは陰りの入ってより一層、幽霊のように青白くなっているように脆弱に見える。

「私もいつかは尋ねないと思っていたから、あなたについていくんじゃなくて、あなたとちょうど目指してる場所が同じだけ」と私は強がりを見せるが、実際一人でここまでくる勇気は出せなかっただろう。彼女の両親にあうということ、彼女の軌跡にふれるということ、彼女の死を現実的に受け止めること、どれをとっても私には苛酷な訪問であると言っている。

 彼が家に着くなり、そうそうにインターホンを押した。

 私は思わず、心の整理がつかずにどぎまぎしていると機械越しにか細く弱弱しい女性の声が聞こえてきた。たぶん、四十川さんの母親だろう。

「こんな時分にすいません。四十川さんに挨拶をしようと思いまして―――」と彼は言葉を区切った。

 返答がなかった。

 しかし、通話はできているようで、どうやら相手が喋っていないらしい。

「その・・・、あの娘はもういないのよ」と寂しい声が聞こえてきた。

 少し急いてしまった。そういえば、まだ名乗りもせずに要件を伝えるのはマーナ違反というやつだった。

「西原と申します。今回はお悔やみ申し上げます」とチャイム越しでそう話すと分かってくれたようで、応じ得てくれた。

「そう、彩良はいいお友達を持ったこと・・・」

 機械越しの声は弱弱しいもののあたたかさを感じ得た。

「いけない。立ち話もあれですから、どうぞお入りください」と彼女は私たちを招いた。

 開かれた扉を通ると、真夏の暑さが嘘のように家の中は涼しかった。まるで、死体をそのまま留置してあるのかさえ思えるほど、足許を撫でる風は冷気そのものである。

 通されたリビングは想像のものとは違っていて、こじんまりとしている。否、それはこの家族での四十川彩良という人間に対しての弔いであったのかもしれない。

「大したものは用意できないんだけれど」とこけた体つきの女性がダイニングキッチンだる台所から菓子とお茶を汲んで持ってきてくれた。

「そんな、お気になさらず」と私は思わず立って憂いた。

「まぁ、ダメよ」と四十川の母は叱る。

 というのもどうやら理由があるようで、

「天国にいる彩良にきっと叱られてしまうから」と彼女は空を見上げるようにしていった。

 彼女の眼前には生前の彼女の容貌でも映っているかのように、儚くも悲しげであった。

「それにこれ貰いものなの」と彼女は付け足すが、どんな不届きものだろうと半ば私の心中は憤慨した。

 ならと月見里くんはさっそく木椀に広げられたお菓子に手を付け始めた。

 私は頭を抱えたくなったが、もはや彼は空気だと思って話を始めた。

「あなたたちはクラスメイト?」と早速、母親が聴いてくるものだから。

 はいと即答した。ちなみに、私は彼までも含意したつもりはなかったが、流れ的には彼も含まれてしまっていることが語弊がありそうだ。

「そう、彩良はみんなとうまくやっていけていたのかしら」と純然たる娘のことを思っての一言だったのだろう。

「まぁ・・・」と私は最初は濁した。うまくやっていけたという言葉が抽象すぎてどこまでを含むのかは半ば議論の余地があったためである。

「その顔だと、あまりよくなかったようね」と母親は残念がった。 

 そして、私にその内容を詰問するように質問を重ねた。

「その、いじめとかあったのかしら?」

 私は頭を振った。

「じゃあ―――」と疑問を抱かないわけがない。パラドクス的回答に頭を悩ませたのだろう。

「いじめはなかったです」と私は断言すると、母親は安堵するそぶりを見せることなく、私の話に耳を傾けたままだった。

 しかし、私はうまく切り出せなかった。言い出すべきなのか、それとも彼女を傷つけないために内密にしておくべきなのかは私には判断しかねたのだ。

「もはや、あなたたちのクラスは私にとっては他所よりも他所のような場所よ。恨みつらみを抱えることはないわ」と彼女も心は決まっているようだった。

 私も決心して話すことに決めた。

「端的にいえば、優秀すぎてしまったんですよ」

「優秀すぎる」と母親は困惑の色が拭えないようだった。

「そうです。出来すぎる人間は他者にとってみれば聖樹そのもの」

 さらに困惑させてしまったかのように、こちらとしても分かっていないことが見て取れるほどに顔に皺を作る。これ以上、彼女に余計な皺をつくらないために早々に意図を伝える。

「要はですよ。優秀が仇となって、嫌厭の人間にまでなってしまったんですよ」

「彩良が嫌厭・・・」と彼女は息を呑むように黙りこくってしまった。

 そうですと私は事実を突きつけると、同時にそれが全員が思っていたことではないことを教えた。

「全員が全員、彼女を嫌っていたというわけではありません。真に八方美人なんていう人間は存在しませんから」と私は皮肉紛れに言うと、彼女もそれを察してか笑みをこぼした。

 それでと彼女は続きを促してきた。

「えぇ、ですから。特段中傷の的と言うことではなく、一定の人間が彼女の優秀さを疎んだにすぎないのです」

 と、ここでようやく彼女の顔に安堵が写った。

「よかった。本当に冷や冷やしていたのよ。教師たちが言っている言葉がどうも真実味がないっていうのかしら」と彼女も取り留めない不安に苛まれつつも四十川さんを偲んだのだろう。

 確かに、教員はクラスの復帰を優先しているのは目に見えて分かっていたことだし、これといって四十川さん側に立って何かをやったとは思えない。クラス内でのいじめの軌跡を探していたりしていたようだが、それも今となっちゃ塵芥や無駄骨というものだ。

「そうだ。彩良に会ってくれない」と考え方によればかなりのサイコ的な発言であるが、そうではない。要は彼女の仏壇のところで手を合わせてほしいということになる。

 というよりかは、彼女がそう言う以前に私たちは率先してやるべきことだったのに、それを軽んじていた。

「すいません。遅くなって」と私たちの四十川さんへの不敬を謝罪すると母親はやさしく許してくれた。そして、彼女の仏壇の前に座って線香を上げた。

 しかし、思うところは何一つとしてなかった。

 まるで絵に描いたように次元と次元で隔てられてあるように、フィクションとノンフィクションで構成されているように目に映る光景一つとっても、まるで嘘のように夢うつつな気分である。

「彩良もきっと喜んでる」と彼女の声は実に乾燥した声だった。

 そのと私は後ろを振り向いて、リビングの椅子に座りっぱなしの母親に声をかけた。

「不躾ではあると思うのですが、四十川いえ、彩良さんの部屋を拝見することは可能ですか」

「いやだ。拝見だなんて、別に今となったら見られて恥ずかしいものはないわ」といって私の部屋の侵入の許可をくれた。

 階段を行き細い廊下を通り曲がったすぐのとこに彼女の部屋があるというので、扉を開くと私は思わず声も出ずに頬に涙を伝わせていた。

 ―――何もない部屋。

 壁紙の白い基調がよく目立つ。

「何もないな」と背後から月見里くんの声がした。放心状態だったために驚くこともなく、私は後ろを振り向いた。

「これってあんまりじゃない?」と月見里くんに問うと彼はさぁと他人事のように首を傾げた。

 彼のその返事に嫌気がさして、私は振り向き直して再び何もない部屋を見つめた。

 白色、床板はベージュ色。彼女が住んでいたことすらも思わせないほどに埃一つありはしない。

 彼女の部屋にある窓から降り注ぐ斜陽はまるで彼女の部屋を慰めるのではなく、一層その部屋を虚無感でみたしていた。

 そして、私は彼女のという存在が消されたことをしみじみと思いながらも、私がもっている彼女の記憶を大切に例え海馬がその存在を忘れるまで忘れまいと誓った。

「私、悲しいよ。死んじゃうってやっぱ何も残らないよ」と嘆くが、彼からの返事はなかった。岸峰くんだったら何かしら言葉は掛けてくれたかもしれない。

 解らない。結局、彼との付き合いも一学期分いやもっと厳密にいえば、一学期も一緒にすごしちゃいない。ただ、彼にうまいように使われていただけな気がして、今のこの悲しみと彼への憤りで気違いにでもなってしまいそうだ。

「ここにいるのは、もはや君のためでも四十川さんのためでもない」と月見里くんは私の肩とそっと触って私に語り掛けた。 

 私は頷いて、その部屋を後にした。

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