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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
38/44

ep.38 *

 まず、西原が向かった先は鞘本(さやもと)三本(みもと)のところであった。

 この二人、クラスメイトの中でも目立った人間ではない。取り立てて優秀な生徒と呼べるようなことでもなく、容姿もモデル並みと言われるほどでもなく、彼氏がいたという噂も浮上しない。そんな一般的な学生である。

 では、なぜ彼女がこの二人を標的にしたかと言えば、単純明快なことである。

 言葉を選ばなければ、目立たない―――それに限る。

 篠山との接点も強くはなく、何か行事があれば団結はすれど、それはあくまでクラスメイトという関係であるからして、それ以上の関係はなく常に二人のペアで、それ以上を求めようとはしていないというのが彼女たちのスタンスである。

「四十川さん」と鞘本は小声で言葉にした。

 下駄箱で出くわした。鞘本と三本に加えて西原、絶好のタイミングであった。

 周りは生徒でこみごみとしているために結構騒がしい。西原はうまくそれの状況をつかって、彼女たちから情報を聞き出す魂胆である。

「例のやつだよ」と三本は鞘本の耳許でささやくようにして喋った。

 それに対して西原は気分を悪くしたが、あえて顔にだすようなことはせずに返答を待った。

「ここじゃ、あれだし歩きながら話そうか」と鞘本が配慮するように打診を試みた。

「それもそうね」と西原は二つ返事で承諾した。

 すでに西原の思うようにことは運ばれている。強いて言えば岸峰がいないと言うだけで、他は取り立てて悪くはない。

 階段は生徒でごった返すように往来が盛んである。下階するものと、教室に向かうために上階するもので入り乱れているさなかでの発言はあまりクリアとはいえない。しかし、この状況は鞘本の口を軽くした。

「私は四十川さんのこと嫌いじゃなかったよ」と鞘本は少し語弊を生むような言い方をした。 

 それがあえてだったのかは分からないが、西原はそれにたいしては詰問をせずに流した。

「勉強はできるし運動だって万能って言葉が当てはまるほど出来てたし、まさに真面目を着飾ってたっていうの」

 彼女のつっけんどんな余計な一言もには耐えきれずに、彼女を睨みつけた。それに対して釈明をつけてすようにして西原を宥めた。

「言っておくけど、悪気はないんだよ。けど、水清ければ魚棲まずっていうでしょ。

 だから悪口を言うじゃなけど、出来すぎる人間っていうのを目の当たりにすると、

 自分が惨めでやってられないのよ」と鞘本の言葉に本音が見え隠れ手している。裏表のない性格とはときにこういう人物を示したりするのかも知れない。

「それもそうね」と建前として西原は語った。

 西原は横で隠れるようにして歩いている彼女―――気弱そうに鞘本の横を歩いて身を潜めていた―――にたしても西原は質問を押し切った。

「えっ、私」と三本も困ったような素振りをするが、受け取ってしまったがために鞘本も庇うことができずに、黙って横で見守っている。

 しかし、三本から返ってきた答えは内実が伴ったもと言うよりかは建前そのものようであった。

「いい子?」

 なぜ、疑問形であるのかは両者首を傾げるしかないが、それでも彼女からの証言はこれ以上取る気も失せてか。西原は話を中断させた。

「ありがとう。貴重な証言として活用させてもらうわ」と彼女はまるでヒーローが飛んで消えるように早足で階段を登って消えていった。

「(三本)彩。大丈夫だった」と鞘本もは怯えていると誤認したのか。三本に優しい心配りを向けた。

「大丈夫。いきなりだったから驚いただけ」と三本も平然として答えた。三本にしてみれば、怖いといった感情は起きてはいなかったが、鞘本の心配を裏切って一層強がったような態度を取るのは違うと分かっていたからこそ、三本は鞘本に虚弱な素振りを見せた。


 三限目の体育へと移行する前に、着替えのために場所を女子たちは移す羽目になる。理由は単純で教室は男子たちが押収するように差し押さえているというのもあるが、外からの対策がなされていないためだ。

 そのためにそういった場所が管理されている場所に私達が移動することになる。

 女子生徒の談話とともに着替えが進行していった。

 私も持ってきた着替えに直してから、更衣室を後にした。

 休み時間に用を済ませてトイレから出ると、三本と出くわした。

 彼女は私と出会ったことに気まずそうに、視線をそらすが私はそれを追うことはせずに水に晒した手を眺めている。

 意を決した。心の準備は十全とはいかなくとも機会を逃すのは私の思うところではない。ゆえに速戦即決でいく。

「あなた、鞘本さんをがんじがらめにして気持ちいい」と訊くと、調律していた水の流れる音が止まった。

 私はまだ手を洗っているから、彼女の方が止まったのだ。

「何、それ」とさっきのあの弱々しいと思っていた少女からは思えないほどのドスのきいた声だった。

「何って、鞘本さん。彼女かなり明るい子だったし他の子と仲良くできると思うけど、

 常にあなたが身の回りにいて本当に巣にかかった憐れな蝶みたいって思っただけ」と私は話すとともに、ポケットから取り出したハンカチで濡れた手を拭った。

「私がサヤちゃんを拘束してるっていいたいの」

「言い方を変えればそうとも言えるわね」

 彼女は険相な顔つきなった。それも当然だ。私は彼女を焚きつけるために放った言葉だし、たぶん彼女も突かれたくなかった事柄だっただろうから、より私に憎悪を燃やすのは分かっていたことだった。

「私、そんなじゃないから」

 さすがに手を出すようなことはないけど。しかし、彼女の言葉は荒々しいものだった。

「けど、現に私からしてみれば三本さんの()()()

 鞘本さんの交流の機会が阻害されているのは私以外も思っていることじゃないの」

「私、そんなことはしてない」と彼女は言い切った。まるで自信を誤魔化すために、言い切ることでその虚偽を正当化させるために彼女はよりいっそう力強く言葉を放った。

「けど、私の知っている鞘本さんは篠山さんとか、水瀬さんとか、吉倉さんとか、それと四十川さんと一緒のイメージの方が強いけどね」

「いつの話だよ」と三本は呆れたようにして話したが、まんざらでもないのか動揺に目が泳いでいるようにも見えなくはない。それにどうやら彼女はその事象については否定することはしなかった。

 それが彼女にとっては致命的な隙となった。

「けど、前と違って今は三本さん一辺倒な関係になっているじゃない」

「それはそうかも知れないけど、別にサヤちゃんが私を選んでくれてるだけ」と他責に移ったが、強情なところは変わらなかった。

「そうね。付き合う付き合わないは結局本人たちの了解でしかないわね」

「そうでしょ」と三本は息を抜いたように、声を落ち着かせた。

「けど、あなたはさっきみたいに弱いふりをして、彼女の同情を買っているだけでしょ」

「ふざけないでよ」と再び三本は声を荒げた。彼女の甲高い声は耳鳴りが起きるのではないかと思うほどに鼓膜を揺らした。周りの女子たちが驚いてか。トイレの中を覗き込んでいる。

「じゃなきゃ、きっと鞘本さんは四十川さんたちとつるんでいたと思うのだけれど」

 私は野次馬など気にせずに言葉の投げ合いの勢いを殺すことなく続ける。

「そうじゃないよ。そうじゃない」と最初は意志薄弱とした感じだったが、次に出た言葉は強い意志を持っていた。

「じゃあ、そいう理由を訊かせてもらえるかしら」と順調であった。三本は頭から冷静さを欠いていた。この状況で話が進めべなあることないことは別として、気持ちを吐露する方向へと向かうはずだった。

 しかし、トイレから出てきた鞘本さんによって押し止められた。

「その話は後で」と彼女の冷静さにみちみちているが、その反面どこか冷血さのように冷たかった。

「話してくれるなら、いつでも」といって私はその場を辞した。すでにさっきまで水が滴るほどに濡れていた手は乾ききっていた。

 長話をしてしまい。呑気に歩いている場合ではなく、始業の合図まで残り僅かであった。

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