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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
30/44

ep.30 ep.29の続き

 気まずい雰囲気が辺りを漂う。

 彼も黙り込んでしまって、僕がいるだけで十分にこの空気が続きそうで僕こそ立場がないというものだった。しかし、この自分で恥をさらして掴み取ったチャンスをやすやすと放す気にはなれないというのも僕の内心にあるものだった。

 僕は渋るように何も言わず、そこに突っ伏している中。篠山の視線を感じる。

 監視の目が何も言わずに語りかけてけ来る。疑問を投げかけてくる。

 場違いなのは分かっている。彼らと不釣り合いなのは言うまでもなく、サッカー部と平凡な学生。これが違和感を生む正体そのものだ。それが彼女に違和感を植え付けて僕を睥睨する単の理由になるのだろう。

 僕はクラスのハグレモノ。彼らはクラスの中心人物。僕まだクラスにおけるおちゃらけた道化として通っているならば、まだこんな風に扱いにはならないだろう。

「あと、話そう」と一人の男子が耳打ちのように喋った。僕は会釈のように頷いてその場を離れた。

 

 放課後のトイレを済ませるとすでに生徒は三々五々にめいめいの用事をしに教室を去った後だった。

 そして、一人の男子が教室に残っている。

 篠山とはかなり接触率が多い藤沢である。紛れもない好青年。サッカー部だというのに身長が高く、アルプス山脈を望むようなものである種の敬畏を感じることもある。自信の表れなのか、ナルシズムがあるのか前髪がかかるようなことはなく顔は怠惰な荒れはなく、その顔ですでに精勤さを感じさせる。体躯も申し分なく、顔が小さいのか肩が広いのかとにかく縦だけでなく横にも大きさを感じる。しかし、圧迫感があるのではなく寛容を描いたがごとくの体だ。

 風袋だけはまさに誠実の字を現したような人間で、女子ウケが良いのも納得がいく。

 本当に僕みたいなやつとは真反対な人生を過ごしているようで、嫉妬と憧憬がごちゃ混ぜになっていて男子に複雑な感情をいだているのが神妙な心持ちになる。

「他の男子は?」と訊ねると彼は申し訳なく答えた。

「部活に行っちゃったよ」

「そうか」なら、彼も同じく部活があったのにわざわざ時間を設けてくれたのかなどと考えると迷惑を掛けて申し訳なく思えてくる。

「悪かったな。部活を休ませるようなことをしてしまって」

 彼は頭を振った。

 この時、彼のその行動になんたる聖人かとまさにアルプスが凝縮された神聖的なものを目の前にしているのかと錯覚を起こした。

 自信の都合を顧みず、他者に時間を割くようなことは普通の人間はしないだろうにそれをするのだから言葉にすることさえも躊躇われるほどである。

「僕なんかで良ければいいわけに使ってくれて構わない」と神聖さに当てられてそんなことを話したが、彼は気にしてないというように笑った。

「別に大丈夫だよ。君も知っているだろ俺等(うち)の学校はあまり部活に力を入れていないことぐらい」

 そうだったなとなぜか彼に安堵させられてしまった。そういう話ではなかったのだが、彼がいいという言うならばそれ以上話すことはないだろう。

「で、篠山がいると話せないことなんだろ」といって彼は窓際の誰かの席に腰掛けた。

 彼はどうやら長話をすることさえすでに許容済みのよだった。

「別に話せないわけじゃないけど、今回のこの一件彼女が一番出しゃばるのは西原のときで一番わかっている」と自分の見解を述べるとともに彼と対面するように隣の席に腰掛けた。 

 彼は苦笑いをするとともに彼女を庇護するように肯定的な意見を喋る。

「篠山はそんな悪い子じゃないよ。ただ西原がああいったことが気に食わないだけだよ」

 ああいったことが気に食わない。とんだとばっちりを西原も食らったもんだ。

「それに彼女も四十川さんの死別には心を痛めている普通の子だよ」と藤沢は語った。

「そうか。人並みの人間で良かったよ」と言葉を漏らす。

 彼は僕の感性を笑うようにして「人並みの人間ってなんだよ。篠山も俺も君も同じだろ」と喋る。

 そこに四十川の名前が出てこなかったのは少し虚無感を感じたが、それでも彼は僕を同等な存在であると言ってくれたことは恥ずかしかったままではある。

「それだけじゃないんだろう」と彼は畳み掛けるように僕に質問を投げた。

 そうだな。本題に入ろう。

「実際、君みたいな崇高な男子からしてみれば四十川という存在は一体何だったんだ」

「崇高って」 

 彼はその言葉に突っかかりを覚えたが、苦笑いを浮かべてはぐらかした。

「まぁ、僕からしてみれば四十川は単にクラスメイトの存在だったよ」

「クラスメイト?」

 その言葉が淡白すぎて、彼の感情すらも誤魔化しているようであった。

「クラスメイト。変じゃないだろう。一般的な回答だと思うよ」と彼は一般論に嵌め込んで僕を納得させるようだが、そうじゃないだろうと言い返したくなったがあえて言わない。そんな感情的なものを排除して僕は彼と対峙しなければならない。彼は西園寺とは違った人間。

 あっちは薄っぺらい人間だが、こっちはより強固に自分というものを守っている人間だ。

「確かに、クラスメイトっていうのは間違いじゃない(回答だ)」

「それを訊きたかったのかい」

 僕は首を振った。確かにそういった事を訊きたいのは間違いではないが、彼は上水で会話をしている。僕が知りたいのは彼の水面下の部分だ。

「評価が知りたいんだよ」 

 評価という彼の本音が知りたい。

「評価?」

「そう、評価。君が四十川に対してどんな評価を下していたのかは気になる」

「そういうのはプライベートじゃないのかい」

 僕の意図を見抜いたわけではなさそうだが、それでも彼は批評をを話すことに対してコンプレックスがあるようだ。

「そんなことはないだろう」と僕は適当にはぐらかす。

「まぁ、いいか」と難なく承諾した。

 彼が甘いのか、バカなのかは分からないが話してくれならどっちでもいいことだ。

四十川(かのじょ)は僕からじゃなくてもクラスの中心人物。もっといえば学年の中心人物とまでいっても構わないだろう」

「そうだな」とこれまでの数々の証言から僕は肯いた。

「アイドルとかとはまた違った偶像的なものようだった。

 成績優秀、眉目秀麗、八方美人。どれをとってもできすぎる人間だろう。まるで漫画とかのキャラクターみたいな絵に描いた人物に見えたよ」

 それは僕も思うところは一緒だった。しかし、彼とは違う考え方があった。

「だから、少し恐かったんだよ。

―――出来すぎる人間はまるで人間じゃなかったみたいだった。

あるだろう人工知能の類が恐いと思うのが」

 それは不気味の谷現象的なことを言っているのだろうか。

「俺よりも優秀な人間がいることは分かっていた。けど、彼女は違う。

 彼女は俺にはないものをすべて持っていて、まるで僕という存在が霞むように彼女は存在として強すぎた。僕が消えることが恐かったんじゃない。彼女から離れれば僕の居場所はあったわけだしね。

 けど、彼女の存在はある種クラスの集合体みたいに強大過ぎていた」

「強大?」

「そうさ、強大。誰だって自分が生み出した理想的な偶像があるはずだ。それが合わさった人間が彼女みたいなんだよ」

 僕の理想的な偶像はなにかは分からないが、彼はそういった者が内在していると感じているようだった。

「ようは神と会っていたみたいな?」と要領を得ない話になんとなく掻い摘んだ言葉言葉から推測した事を話したら、彼は沈黙して目を白黒させて怯えているようだった。

「そうかもしれない。僕は彼女に神という存在を見出してしまったのかも知れない」

 彼は神妙な面持ちでそうはなした。

 僕はバカなと思ったが、その顔つきにそう言葉をかけることができずに、彼のおもむろに曇っていく表情に何も言葉をかけることが出来なかった。

「だけど、僕からしてみればそんなことはなかったよ」となんとか振り絞った言葉がそれだった。

 客観的な意見としてどれだけ彼に作用するかは分からないが、彼がどう受け取るか少し待った。

「・・・歪な関係ではなかったと思う。

 さっきも言ったように単にクラスメイトでしかなかったからな」と主題へと遡った。

 これだけ訊くと単にクラスメイトというふうに語ってしまうのは味気ないが、それでもこれ以上理詰めに話しても彼の恐怖心を煽るだけだろうと僕はこの話を切り上げることにした。

 十分な情報であっただろう。男子の筆頭が四十川に対しての感情が畏怖だったというのは驚きだが、彼女の近くにいたからこそ発言できる立証なのかもしれない。

 結果的に見れば彼は四十川に畏怖の念を抱きつつも、なんとか体裁上では友好的な関係を作っていたということらしい。さぞかし内心、心ここにあらずであったことだろう。

 しかし、それで周りを欺き通したのだから大したものだ。

「変なことを聴いて悪かったな」 

 彼のあの顔を見てしまった以上、こう述べる他なかった。

「いや、僕が変に気負い過ぎていただけだよ。君に話せて楽になった」 

 まるであの好青年然とした満全さはなく、ひどくやつれているようにも見えた。

 彼がつらつらと語ったのは、単に自分の吐きたかった反吐のはけ口が見つかったからに過ぎないのだろう。かりに彼がそういったはけ口がなかったら多分僕にこうやって話す機会を設けてはくれなかったのだろうなどと思う。

「四十川はもう死んだよ。これ以上恐がることはないだろうよ」と言葉をかけるだけにとどめた。

 藤沢は肩を下げて、ふっと息を整えたように心を落ち着かせた。

「そうだな。もう彼女はいないんだな」とどこか感慨深い趣でそう言葉にした。

 四十川の死を契機にことを画策する試みるものもいれば、それに憤慨するものもいる。ましてや、彼女の死を受け入れずにいるもの、その死にどことなく安堵するもの。各々思うところが違ってくるのは当然だが、だかしかし彼女の死がいろんな要因を引き出すきっかけになったのは違いない。

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