ep.27 *
日に日に増えていく―――英単語、数学の解き方、社会科目の用語と挙げていったらきりが無い。
これを学生の間に詰め込むのだから、一般的な学生というものは大変だと他人事のように思ってしまう。それに、ちらほらと教師たちが大学の進学についてちらつかせるように説明会とか、授業の合間合間に口にするようになってきた。それにもう少しすれば夏休みを迎える。
この暑い教室とも少しばかりのお別れである。その前に僕はいい加減クラスの連中から例のことを聞き出さなければならない。
今だに女子との接触は疎か、男子の一部としか情報は聞けていない。
いつぞや、話した。境井の言葉が反芻される。
―――四十川一人いるだけで、クラスが整理されていた気がする。
「整理か」とぼやくようにひとりごちる。僕のようなやつはクラスの誰からにも相手にされないために、言葉一つと掬ってくれるやつはいない。
しかし、彼女の死後これといって変わったことはない。それこそ境井の言うところの僕たちがでしゃばったくらいだろう。それ以外は彼女の死を残したようにクラスは豹変してしまったようにすら感じる。
そんなことを思っていると、まるで僕がくよくよしているようで自分のことが嫌になってくる。
境井の意見は的をいていないわけでもないが、多分四十川という存在は調律を正していた人間だったとは言えないだろう。今のクラスはクラスそれ自体で調律を成しているようにも思える。
仮に四十川の存在が影響しているなら、もう少し変化があってもおかしくはないだろうから。
「なぁ」と声を掛けられた。
たぶん、まだ話していないヤツからだ。それならむしろ僕が気兼ねがなく突っ込めるということもあってむしろありがたいまである。
終わらせていない課題から視線を移した。
「最近、周りから四十川さんについて訊いているらしいじゃん」とかなりカジュアルな口調に嫌悪感を覚える。
僕としてはこういったグイグイと侵入してくるやつは嫌いだと、言いたいが現状やっていることは彼と同じむしろ、不躾に人のことを根掘り葉掘りとしている僕のほうが罪が思いかもしれない。
「まぁ・・・」と言葉を濁す。
さっきの言葉は修正したい。突っ込める話をするにしたって、こういった人間はどこまでが自分のテリトリーなのか分かったもんじゃない。
こういう神経が図太そうな人間は極めて自分を隠すことに長けている。のらりくらりと人生をやってきた人間はこれまた嫌なことに対してものらりくらりとまるで海水に揺蕩う海藻と同じで、鮎のように水流に抗うことはしない。
「俺も話していいかな」と彼はムダにやる気なのか、誠意なのかは分からないがアピールが強い。
僕は頷く、こんなところで赤裸々に語るのはそうとう神経が図太いのだろうか。それとも僕への当てつけ、茶化し?そんなことを思いながら僕は息を飲んだ。
「俺、四十川さんのことが好きだったんだ」と彼は公衆に周知させるように声高々にいった。
僕は思わず、口から何かを吐きそうになったが我慢、我慢と自分を宥めた。
「うん、それで」と僕は合いの手をいれる。
「それで、彼女が死んじゃったことには悲しいけど」
「けど?」
「けど、僕は彼女が好きなんだ」
僕は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
要は死者さえも愛しているということか。いやはやもの好きもいたものだと関心しながら、彼の熱弁の続きを聴く。
「それで僕も君たちに関心があるんだ」
少し話が飛躍してしまったが、まぁそいうことなのだろう。
「手伝ってくれるってこと?」
「それとは少し違うかな」
彼は僕が思っていたことをすぐさま否定した。なんだ冷やかしかなどと思うがまだ、彼の目論見があるようでそれを聴いてから判断することにした。
「俺と、君と、あと何って言ったけなあ」と彼はもうひとり誰かを列挙しようとしているのか名前を出すのに考えあぐねている。
まぁ、なんとなく察しはついていたので、その人の名前を口にする。
「西原か」
「そう、それ」とまるで西原をもの扱いのような口ぶりで肯定した。今ここに彼女がいたらと思って少し彼から視線をずらして辺りを散見してみるがどうやらいなかった。トイレかどっかに行ってしまったのだろう。彼に対しては救われたなと思った。
だがしかし、彼女は今や僕に対しても反対的な立場を取っている以上はなかなか一緒に何かをしようとは思ってはくれないだろう。
「それで一緒に四十川さん家にいって手を合わせに行こうかなって思ってるんだ」とまるで目元から流れ星も出せそうなウィンクをする。
この軽薄さ。どうも薄情な感じがして信用に値しない。
この軽い感じで多くの人間の輪の中に入ってきたのだろうけど、僕はこういった人間は無理だ。
「今さらって感じはないか」と遠回しに否定してみたのだが、彼は食い下がるように指を振って舌を鳴らす。
「確かに今更感はある。しかし、僕たちは同級生ましてやクラスメイトだよ。今更なんてことはないさ」
この言葉において前後で矛盾な発言と、なんとも迷惑極まりな野郎だと思ってしまった。
そういえば、こいつは名前をなんといただろうか。
「えっと・・・」と名指して強気に出たいのだが、名前が思い浮かばない。クラスで中途半端なやつほど意外と目立ちにくいものだ。
「なにか言いたいようだね」と彼はほくそ笑むようにニヤニヤと笑みを浮かべる。「当ててあげるよ」と余計なお世話と、勝手に推理ゲームをし始めたことに僕は彼のそんな思案に横槍を入れるようにド直球に訊くことにした。
「君の名前が思い出せないんだ」
彼はさっきの軽いノリから急落するように黙り込んでしまった。というか辺りが停止したかのように静かになってしまった。昼休み時でここまで静かになったことはあっただろうか。
「そうか。俺の名前か」と彼は調子を戻してまた喋り始めた。
なんとか場が繋がったと安心しつつ、あの凍えるような静寂さの中を切り裂いてくれた彼のお気楽さに救われた気がした。
「俺は西園寺、西園寺亮だ」と名字を強調して名乗った。あれだ。重要なことなので二回言いました的なやつだろう。
「そうか。西園寺。僕が思うに今君のようなやつがいっても四十川の両親に迷惑をかけるだけだ」と何もしらない僕が断定的なことを口にした。
彼はしょんぼりと顔に笑顔をなくしてしまった。
「けど、四十川さんのご自宅にようがあるなら僕に一声かけてくれよな」とこれまた軽い頼みごとだ。それに上書きするように「漢同士の約束だ」と彼は握りこぶしをつくった左腕つき伸ばした。
それはあれだろう。約束を交わすときの何からのアニメだか、漫画のアクションなのだろうと思いながら僕は彼の意図を読んでコツリと優しく合わせた。
それにしても漢同士ではなく、男同士といったほうが性に合っているような気がする。
彼はヒーローの去り際のように颯爽と僕の下を離れて自分たちの輪へと戻っていた。
結局、彼のあれらの発言が僕への冷やかしだったのか。本気であんな戯言をほざいていたのか分からないが、どちらにしろこれ以上は関わり合いは持ちたくないものだと思った。




