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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
25/44

ep.25 ep.24の続き

 ペンを動かす手を止めた。その行為はどこかテストのときのように区切られた時間内で許された行為のように授業の終わりを報せる音とともにカタリとペンを机の上に置いた。

 水筒を持ち上げると妙に軽かった。呑み口から覗くと液体らしい動きが見られず、どうやら水筒の水を切らせたということを今になって気付いた。500mlのコンパクトサイズでは今日は乗り切れなかったようだ。

 僕は余分に水分を確保するために、持ってきた財布を手に廊下へと出る。

 教室から近場の自販機までは教室をいくつか越えたところにあり、道のりは結構長く廊下の途中で筒抜けになった中庭が見下ろせる。

 西日に当てられて対校舎が橙に染められている。アルミニウムなのか銀色の排気口が反射して僕の視線を遮った。

 廊下にしても教室にしてもこの時間帯は頭上にある太陽とでは入ってくる光の多さが違う。朝の澄んだ感じではなく、ジメッと湿っぽい感じが肌に残って一層体に熱がこもる感じを覚えた。

 自動販売機は代わる代わるに生徒たちが水分の購入している。なにせ今日は暑い上に冷房も起動していないためにじんわりと発汗した汗が肌にくっつくような日だった。そのために買い求める生徒が多いようで、自動販売機でも安い水はすでに完売。緑茶やウーロン茶といった手堅いものも完売している。残るのは当然いくらかするジュース系であり、炭酸系も意外と残っている。

 僕の後ろにも生徒が列をなしているために速決する必要があり、とりあえず水に近そうなサイダーを押した。しかし、ガタンと重い荷物でも落としたかのような音とともに僕の視界に映ったのは違う商品だった。 

 一旦、商品を取り出してサイダーの周りを確認するが、僕の手違いではなさそうだ。

 どうやら、完備していた飲料と示す飲料が違っていたようだ。

 自動販売機に一杯食わされたと思いながら後ろの生徒に順番を譲るように、その場を離れた。

 で、訳アリの商品だが冷たいコーヒーだ。僕としてはサイダーを期待していたというよりも、てっきりサイダーが当然のように降りてくると思っていたためにショックは大きい。

 コーヒーであったが、正味飲めないわけではない。かといって熱中症ぎみの僕にコーヒーというのはかなりの天敵である。

 水が消えるのはカフェインが入っていない飲料ということもあるためだろうが、実際どれだけの生徒がそんな医学的なことを考えているかは知らないが、少なくとも僕はあまりジュースを買う気に離れないし、それにコーヒーもあまり飲もうとは思わない。

 しかし、僕はなにかの気の迷いでペットボトルの封を切ってしまった。

「やぁ、西原」

 僕はどこかの逃げ口をその封を切ることに転換した。

 二度目の対面。やはり彼女はバツが悪そうだった。僕もどこか気まずい。

 一人で行動する同族同士。そんなに嫌うような顔をしないでもらいたいが、彼女がそれを素直に受けるとにはもう少し時間を置いたほうがいいだろう。

「色々とまだ嗅ぎ回ってるようね」と彼女はまるでラスボスのような口調で僕に訊ねる。

「そうだね。まだ聞けている人は少ないけど、ほどほどには情報収集は進んでるよ」

 僕はペットボトルに口を着ける。

「岸峰くん、コーヒーが好きなの?」と彼女は話題を反らした。

「特段。好きというわけでもないけど、眠気覚ましにはちょうどいいかなって」と僕は不具合で買った飲み物を見て、本当のことを言えばいいのに、彼女のどことなく上辺だけの言葉に釣られて嘘を吐いてしまった。

「さっき爆睡していたものね」と彼女は国語の授業のうたた寝を小馬鹿にするように話題に持ち上げた。

 突かれたくないところをついてくるが、墓穴をほってしまったにしろ話を筋を通さなければならず、僕は苦笑いを浮かべた。

「それよりも」と僕は話の本筋へと戻したかったのだが、彼女が嫌がるようにそれを拒んだ。

「悪いけど、体調が優れないの」といって彼女は早々に僕の目の前から消えた。

 僕はその言葉の真偽が分からずとも、どう対応すべきかと逡巡している間に彼女は僕の手の届かないところに行ってしまった。強引でもあの細い腕を掴むべきだったのだろうか。

 説得の余地はないとはいえない。

 彼女は何かを待っているようにさえ思える。僕ではないもっと有力な何かを待っているように―――。

 

 今日は結局、返却されたテストは二つ。国語と英語は他のクラスの丸付けでまだ手が回っていないとかなんとかで、僕たちの答案用紙が返ってくるのはいつ頃かはまだ目処が立っていない。

 少なくとも今週中には手元に戻ってくるだろう。

 日誌を戻しに職員室へと久しぶりに向かうと、すでに廊下が涼しい。

 扉をノックして、節度をもって入室した。

 以前のような異様さはないが、やはり職員室は学校のどこの教室と比べても異質な場所として(きわ)立つ。

 担任に日誌を手渡すと、立ち話に彼女は

「以前、」と話を振り出した。

 僕は心を強震させながら、何も言わずに佇んだ。

「教室で頓痴気(とんちき)騒ぎを起こしたらしいじゃない」と彼女は当然のごとくお叱り口調であるが、言ってしまっては悪いが自分よりも小さい彼女に説教をされてもケロッとしてしまいそうだ。

「まぁ・・・」と体裁の悪さから僕は視線を背ける。

「西原さんは最近落ち着いているようだけれども、次から次へとバカなことはしないでほしいの」と彼女からは願意を聞かされた。

 僕たちの担任であれど結局のところ、彼女もまた教員であり僕たちみたいな反乱分子は厄介であることには変わりないようだ。

「別にこっちだってやりたくてやってるわけじゃないんですよ」と僕は彼女に聞こえる程度で、そう話した。別に聴かれてもわるくはないのだが、なんとなくこの職員室という独特な雰囲気に抑圧されてしまっていたようだ。

「あなた達にも大義名分はあるのかも知れないけど、再三言うけど」と彼女は呆れ紛れ、ため息交じりに呟く。「ここは学校なの周りの子たちのことを考えて」

 再三というが、僕はたぶんこの手の話は二度目くらいだなどと揚げ足を取るようなことを考えながら、僕は頷いた。 

 建前は頷いていたほうが、今のところは障害が減る。

「善処します」と言い残して職員室を後にした。今日からまた月見里のところへ出向こうかなどと考えながらも、少しでも職員たちの冷房にあやかろうと職員室前の廊下で旧校舎へと向かった。

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