ep.23 ep.22の続き
9:20 一限目が終わると、トイレに向かった。
決して尿意を催したというわけじゃなく、空膀胱でトイレに向かうというのは少し変だったが、仕方なく僕は便器を前にして深呼吸をした。
出ろと願うわけではない。隣に声をかけるためだ。
あえてする必要がないトイレに向かったのも、このためである。
「境井、境井雄斗であってるよな」とそう声をかけると彼はビックと体を小刻みに震わせた。まるで何かを咎められたときに体を萎縮するような反応のそれと近い。そして、硬直したまま用を足している。
「君と話がしたいんだ」
彼は僕の方へと無言で振り向くと驚いたように目を丸くさせている。
僕も彼と見合わすも、頓狂な顔に僕は少し吹き出すものがあったがなんとか堪えて話を続けた。
傍らの男子たちがある種共学のためかトイレが男子の園となり、下ネタまがいな事を口走って騒がしいが、それを気にもとめずに僕はトイレをするふりだけをする。
「四十川件についてだ」
彼は用を済ませたのか。そっぽを向いて一歩足を下がると流れるようにその場を経った。
僕も真似事を止めて洗面器へとこれまた流れるように移動する。
「知っていることがあったら、話を訊きたいんだ」
彼は何も知らないと言わんばかりに頭を振る。しかし、ここで下がるわけにも行かずに僕は彼に噛みつかんばかりに彼の背を追う。
トイレから教室は遠い場所でもないが、目と鼻の先の教室よりかは少し歩かなくてはならないために、その間に僕は畳み掛けるように説得を促す。
「少しでいいんだ。君が思うクラスでもいい」、「些細なことだって構わない」、
「―――君個人が四十川についてどう思っているかでもいんだ」
彼はその言葉で足を止めて、踵を返すようにこちらに振り向いた。
「僕は、四十川さんをどうこう思ったことはない」と細い体、か細い声から出された強い表明の言葉は少しばかり凄みがあった。
僕はその場に取り残されてしまった。駄目だったと頭を掻いた。
もう一度チャンスがあるかどうかは分からない。人間最初の印象が重要ともいうからかなりマイナス点から始まってしまった。
西原だったらもう少し手堅く動いていただろうかなどと思ってしまうが、当の本人は空前の灯火と言ってしまったらこちらまでもがその灯火感化されて弱々しくなってしまいそうで、薄弱とした意思を吹き飛ばすように頬を叩いた。
10: 20 二限目が終わった。女子たちが続々と教室を跡にしていく中、男子たちだけが取り残される。
段々と教室に華がなくなっていき、クラスメイトたちが喋る言葉の数々も低俗化していき、いつの間にか聞こえる会話はまさに猥談じみたものになる。一層男子の声がうるさくなるのは単に女子の甲高い声がなくなって男子の声が最大値を充たるようになったためだろうか。
一面白の中から外が覗ける。頭を穴の中に通して、ズボンも短パンへと履き替える。
グラウンド集合ということなので昇降口に下る。途中、西原と出くわすが彼女はバツが悪そうにそそくさと僕から離れていった。女子は女子で別々に行うために向かう方向が違って追うにもいろいろと感情が絡み合って、伸ばした手の先へと彼女は姿を消してしまった。
僕は一人日中とはいえ、広く寒々とした昇降口だが、外靴に履き替える際は少し圧迫感を感じながらも手慣れた作業でグランドに向かった。
体育はまとめての合同であるためにかなりわちゃわちゃとしているが、意外とクラスでまとまっていて整然としている。
授業が始まる前に教師が僕たちの前に現れて体育授業を管轄している生徒と指し示して準備運動を開始した。
適度な運動を終えると本題である授業に変わる。
今回は球技。特に野球と称してはいるが、宮島のように経験者もいるためになまじ硬球野球ではなく、弾性の高いクッションボールのような球式とかで投げ荒れるボールよりも一回り大きい軟式ボールで行うらしい。
長々と言ったが、要はソフトボールのようなものだ。
最初は数人でのキャッチボールを行うことになった。ボールに慣れるという内容で、距離をとって俗に言うレーザービームのようなことやったり、フライの練習をしてみたりと手を変え品を変えといった工合に授業を進行していった。
集合の合図がかかるとチーム対抗をやるとかでチーム決めをすることになったのだが、ここでいただけないのだがプロの球団がやるドラフト会議のように最初に選ばれたリーダ的によって他の生徒から選抜していくのである。
当然、まず気の合う男子を選びつつ運動神経が高いと思われる体育系のガタイのよい男子たちが選考されていく。その跡に身長が大きかったり、頭のよさで選ばれていくのだが。当然前者に含まれないような男子は少なからずいる。
僕含めて彼らが常に嫌な思いをせねばならない。残り物には福があるなどとはいうがあれは体の虚言でしかない。実際は取るに足らない生徒として無能扱いされた人間の集まりでしかないために、選別する側も渋々と困った表情を浮かべる。
なんせ少数であろうとも有能な人材ばかりだったら、それだけ十分に機能するがこういった団体ゲームでは平均化されてしまう。無能が足を引っ張るそういった考えがはびこっているためだ。
別に、僕はやりたくてこの場にいるわけでもないのに、変な脂汗をかきながら雲が風に乗って流動している。雲で隠れていた太陽が再び顔を出して、スポットライトの光を浴びせるかのように暑い陽光を僕に当てつける。
「岸峰」と敬称なしに名指しされる。立っていたが重い腰を上げるように呼ばれた方へと鈍く地面に足つけて歩いた。




