ep.19 ep.18の続き
まず、僕が目につけたのはやはり、以前会話を実現させた宮島のところだった。
さすがに僕も西原のように腫れ物のような扱いを肌で感じていたために、表立っての接触は避けた。かといって、学校生活は案外窮屈なもので、大方の時間をクラスメイトともに、この三年間を同じ学友と過ごす。そんなことを考えるとあからさまかも知れないが、学校という檻の箱に閉じ込められているとさえ感じる。相互監視とでも言えばいいのだろうか。パノプティコンを潜在化させる人間関係はどこはかとなく、我々を抑圧している。
しかし、現状にその身をおいているのだから今更、つべこべ小言を吐き捨てたところで意味がない。
小さい頃から、学校という制度に身をおいていてもなお気づかず、あまつさえ再三とその場所を変え、交流する人を変えての現状だ。進級するときに考えなかった僕の責任でしかない。
そんな檻のような箱の中で、クラスメイトの視線を欺きながら、コンタクトを取るというのも容易いことではない。
以前のように部活中に顔を出すにしても明らかに異物が混入してしまう。かといって、野球部のなりすましというのも気が引けるし、何しろユニホームなど野球部然とした様式を持ち揃えていないのだから、根本から破綻してしまう。
では、青春のごとく校門の前で待ち合わせてみるのはどうだろうか。野球部の解散時刻は分からないが、こちらは前者よりも確実性には欠けるが、友達を待つというのはいたって平然と行われるものであって、違和感を呼ぶようなことではないだろう。
しかし、確実性に欠けるのはいただけない。まずもってだ、解散時刻が分からない以上は無鉄砲に待ったところで、僕が一人無駄に浪費するだけだが、それでも自分がやると考えると面倒極まりない。
なら、部活から離れて、もっと日常にフォーカスを当ててみよう。
トイレ中、食事中(食堂などの多数がいて僕という存在が紛れる場所に限る)。
しかし、どれをとっても宮島が一人でいるところを想像できない。常に誰かに付きまとっているか。集団で行動しているようにも思う。
特に、野球部ということもあって、四六時中、日常においても野球部は野球部でといった感じにまとまり、部員同士の結束力は女子並に堅牢であり、容易に破れる気がしない。
以前は西原と私服という、情報でもってして相手の隙をつけたようなものだが、今回はそう簡単にはいかないだろう。彼らは僕を跳ね除ける雰囲気という障壁を展開している。
こうなれば、白は白、黒は黒でいくら学友とは言えああいった集団においては僕は完璧な余所者だ。
ならば、余所者は余所者然として、加わりこちらにも対抗できる雰囲気というものを作り出す。
僕は、孤狼のごとく気障な雰囲気をまとわりながら、彼らに近づいた。
視線は一個に集結する。僕というクラスのわだかまりに彼は同調圧力を加えるように一斉に険のある顔つきになる。
「宮島。少しいいか」と僕は開口一番にそう声をかけた。
席に座っている野球の一員とそれを囲む三人の野球部。その一人が宮島だ。
クラスを越えての関わり合いであるが、それを拒むのが学校の硬い規則でもって、彼らは他クラスの敷居を跨ぐことはしない。
一年の頃にさんざんと言わされて、もはや耳にタコができているに違いない。
宮島は少し驚いた様子だった。また、彼らも僕という存在を前の記憶から甦らせて思い出したようで、宮島がアイコンタクトで彼らから承認をもらいつつも、「行って来いよ」と背中を押されて僕たちは少し教室から人気のそれた場所にそれた。
「で、要件は一体何だ」と彼は少し憤りがあったようで、まずはそこを解消させなければならないようだ。
「すまない、和気あいあいとしている中」
「また、四十川さんのこと?」というと彼も少しその憤りを引っ込めるように普段通りに戻った声色になる。
僕が首肯して、その旨を伝えると彼は小さく旨を撫で下ろすようにため息をした。
「君も飽きないね」
それは凝り性だというふうに捉えておくとして、
「それが、僕のやりたいことだから」と本意を伝えると、彼はふ〜んと軽く受け流した。
それが周りから認められていないと分かっていながらもわだかまりで、すこしやるせない感情を覚える。
「早速で悪いが」と早々に時間を急いている文句をつけ、本題へと移った。「うちのクラスでやっぱ四十川と仲が悪かったのは内実どのへんなんだ」
「そうだな」と彼は考えながらも頭の中ではああでもないこうでもないと自己問答を繰り返しているようで、そう簡単には結論が出ない様子だった。
「大まかでいいんだ」とハンデをつけると彼は短絡に答えた。
「西原とか」と僕は思いも寄らない言葉に息をつまらせた。
西原と四十川は仲が悪かったのか。彼女の話の中ではそうは思えなかった。しかし、宮島からしてみればそう映ったのであろう。
僕はそのどこからそんな考えにいたったのか興味本位で訊くと彼は少し躊躇われるようにしていた。そのところを僕は背中を押すように「別に、僕は西原の肩を持っているわけじゃないんだ。ただ似ていることをやって気が合っただけ」とあの時一緒にいたのはあたかも協力関係としてのイメージへとすり替えるために方便を使った。
「そうなのか」と少し驚いた様子を示しつつ、彼は安堵した表情で意見を述べ始めた。
時間が急速に迫ってくるような焦燥感に煽られながらも、彼の証言に耳を貸す。
「噂で、西原さんSNSで四十川さんを貶しているって言うのがあって・・・」と彼はそれを話すことに少しばかりの躊躇があったのか、話した矢先申し訳無さが顔から滲み出ている。
「そうだったのか。ちなみに西原のSNSは知っているのか」
彼は頭を振った。知らずして、そんな噂に流されているようでは西原も浮かばれない。
「その噂の出所みたいのは分かったりするのか」
宮島はやはり首を横にふる。
さすがにこれ以上宮島に詰問したところで吐き出す情報はなさそうだ。
「分かった。わざわざ時間を取らせて悪かった」とにべにもなく吐いた言葉には悪かったなという意味を使うのに、決まりが悪いというようなそんな面目のなさは感じなかった。
「頑張れよ」と宮島は言葉を残して僕の許を離れ、部員たちの集まりへと戻っていく彼の背中を見て、胸元にたまる重い気体を吐き出すようにため息をした。