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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
12/44

ep.12 *

「今回の一件で、我々が動けているのは身も蓋もないことを言うようだが、芳しいと言えたものではない」

 私はそんなことを聞くために確認したんじゃない。私を黙らせるだけの根拠が、私を納得させるだけの何かが欲しかった。

「なら、なおさら」

 分かっていると彼は私を制するように手のひらを見せた。

「四十川の死の要因を調べるのは我々の仕事ではない。教育委員会が施行することなんだよ」

 私は分からなかった。その構造自体には納得できるが、心の底では違和感を感じざる終えない勝ったのだ。

「彼女の死を部外者に委託するなんておざなりみたいで嫌です」

「そうだな。これは納得させる理由にはならないかもしれない」と彼も私の意図を汲んでいるようだった。が、「けど」という一言で私の体になんともわからないものが落ちてきた気がした。

 それが落胆だったのか。それとも大人に対する根底的な強い信頼による落差だったのかは分からないけど、フワフワとしていた体はまるで深海にでも引きずり込まれるかのように重かった。

「彼女の死因が自殺で、いじめがあったという報告があるわけでもなしに、こっちも対応できる権限があるんだよ」

「権限があるから、行動ができないんですか。教え子を救うのに権利が必要なんですか」と私はまくしたてるように一介の教師を質問攻めにした。

 もはや、当たる場所が見えなくなってしまった。教育委員会などと言われても漠然として、強大で、空を掴まされているような気分だ。

「ここまでいうともはやこっちにはお前に言い返せることはないよ」と彼はさきに白旗を上げるようにお手上げだと言いたいのだろうか。

 私は気がすまない。さきに泣き寝入りは大人として許したくなかった。私が頑張っているのに、こうやって悪者扱いをして、いざ出す手がなくなれば降参と保身のように身を引く。それがまるで嘲笑されているようで許せなかった。

 憤りを通り越して、私の心の澱が嗚咽をはくような出ようとしている。

 もう耐えきれなくなりそうだ。病みそうだ。

―――、彼女を救えない。なんともやるせない感情だけが滴下して落ちていく。

 自分に呆れる。大人に呆れる。死んでしまった四十川に呆れる。

「だ、大丈夫か」

 教師は私の気持ちを知り顔で心配そうに声をかけた。

 そんな惨めな私は目の前の男が歪んで見える。それが私を狂ってしまったように見せる。

 心配そうにしている男の顔がなんとも頼りなく、こちらが惨めに思えてくる。

「その、すまなかった」

 身をかがめるようにした態度で彼は私に向かっていきなり謝り始めたのだ。私は乱心した中でその行動に意味も分からず動転してしまう。きっと私を慰めるつもりでやっていたのだろうけど、それはあの時には嫌味でしかなかった。

 気持ちに余白を見いだせるほど余裕もなく、一面になんとも分からない感情が散乱しているようだった。

 紙に書かれた感情の文字は読めず、吹く風にあおられてパラパラと舞い上がり、私の頭上彼方へとその形をけした。

(あぁ、清々しい)

 百八枚はあったであろう紙が消えるとここまで楽になれたのか。

「いい加減、涙を拭けよ」と男はポケットから乾いた一枚のハンドタオルを私に向けた。

 その時に、私の視界が滲むのが自分の涙だったのだと気づいた。まさか、自分が泣いているなどと思いもしなかったからだ。

「大丈夫です」と言って私はワイシャツの裾許で、涙を拭き取った。

「まぁ、そういうことだ」と最後の最後にはぐらかされて、彼はおもむろに腰を上げた。

 今の私にとってはなにかを意味することのようなことはなく、無味乾燥なチャイムが鳴った。

「教室に戻れそうか」

「お構いなく」と一言、目に汗が入ったかのようにヒリヒリと痛むような痒いような眼球を据えて答えた。

「余計かもしれないが、少し顔を洗ってから教室に戻ったほうがいいぞ」といって個室に私を一人残して、退散した。私は燃えカスのように、その席に離れることもなく。軽い体をパイプ椅子にとどめた。

 たぶん、動けない。動こうとも思わないけど、動きたくてももう無理な気がする。

 コンコンと扉が叩かれる。

 さっきの教員が何か言いそびれたことでもあったのだろうか。私は首を傾げるように前かがみに垂らして、扉を見るとゆっくりと扉が開いた。

「西原・・・」と声が聞こえる。彼の声だった。

「あなたも開放されたのね」と私は彼の姿が見えるなり、嘲笑したように言った。

「あ、あぁ」と間抜けな返事だった。

 彼のまじまじと私をみている視線が痛かった。

「顔が赤いが大丈夫か」

 男ってみんな同じ言葉しかかけられないのか。気にかけてくれるということはありがたいことだろうけど、今の私に慰めの言葉にもなりやしないと嘆きたくなったけど、それを彼に向かって吐露することはない。

「別にあなたが気にするようなことじゃないわよ」 

 自分ながらでもその声に怒気が籠もっていたのが分かった。けれど、それを抑制できるほどの理性はなかった。

「そ、そう」と、私のその形相も相まって気圧された様子だった。しかし、彼は気を立て直して声を弾ませるようにして喋る。

 けど、その声色は私にとっては耳障りそのものだった。隣の芝が青いわけじゃないけど、彼の能天気な感じが鼻にさわる。

「うるさい」と私は怒鳴った。ヒステリックを起こしていた。

 やつ当たる人間がいなくなって、私は彼にやつ当たるしか。この感情のはけ口を見いだせなかった。

 彼に申し訳ないとどこかで思いながらも、自分の弱さを嘆きながらも、彼を罵倒する言葉で頭がいっぱいになっていた。『ごめん』の一言も出なかった。

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