第87話_服が溶けるシステム
葵と俺は手をつなぐと、ポータルに近づいた。
たしか数日前、般若に連れられて、この世界に来た。
そのとき、俺はこのポータルを通ったはずなんだけど。
そういえば来たときの記憶がほとんどない。
葵のことが心配で、それに俺自身も傷を負っていたから、もう無我夢中だった。
「俺もあとから行くから、秘密基地で待ってろよ」
般若が、後ろから声をかけてきた。
般若がいなければ、葵を見つけることはできなかったわけだし、こうして治療を受けて元通りの体になることも叶わなかった。
「般若、ありがとう」
俺はポータルに足を踏み入れる直前、振り向いて、般若にお礼を言った。
般若はコクリとうなずいた。
般若の説教をさえぎったり、ウザく思ったりして申し訳なかったな。
また後できちんとお礼を言おう。
葵と二人でポータルの闇に足を踏み入れる。
暗闇の中を葵と二人、手をつないで歩く。
遠くに光が見える。
あの光の先が元の世界だろう。
長かったな。
ようやく葵を連れて帰れるんだ。
帰ったら葵とまた、デートしよう。
今度はあんなにてんこ盛りのデートじゃなくって、もっとのんびりできるのがいいな。
「あっ」
葵が急に小さく叫んだ。
「どうした」
葵のほうを見ようとした瞬間
「ダメ!こっちみないで」
俺はあわてて視線をそらした。
そうだった。
ポータルの中では服が溶けて素っ裸になってしまうんだった。
「そっか、忘れてた。この服が溶けるシステム、止めてほしいよな!」
俺は斜め上の方に視線を向けながら言った。
「別の世界線からテクノロジーを持ち込まない工夫だよ」
「ふぅん」
「そう言えば、光一は銀歯とか歯に詰め物はないよね」
葵が唐突にそんなことを聞いてきた。
「無いよ」
「あたしも無いんだ。だから良かった」
「えっ、もしかして、銀歯とかも溶けちゃうのか!?」
驚いた。
徹底してるんだな。
「般若は、脳のメモリを増設してるらしい。
でもそれは自分のDNAを使っているから、ポータルの通過は大丈夫なんだって」
「へえ。般若といろいろ、話したんだな」
「光一が寝てる間、話したんだ。
整形して顔を変えても、ポータルを通ると元の顔に戻っちゃうらしいよ」
「ふぅん。それじゃ、整形しても抹消のトリガー対策はできないんだな」
般若のやつめ。
俺のいない間に、葵とけっこう会話してんだな。
やっぱ、お礼を言うのはやめとくか?
そもそもあいつは、俺のためって言うより、葵のために動いてたみたいだし。
「光一。着いたら服を着るまでこっち見ないでよ」
「わかったよ。見たりしないから」
俺は葵に約束した。
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古本屋の地下室、秘密基地の小部屋に俺たちは到着した。
長机の上においてある服を素早く身につける。
葵も服を身に着けたようだ。
長机には、般若のお面と衣服がもう一着分、置いてあった。
「般若も素っ裸で現れるんだよな。
俺と顔を合わせるとマズイし、部屋の外で待たない?」
葵の手を引っ張る。
「うん」
二人で、ポータルの小部屋から外に出た。
たしか、この小部屋の外は、ポータルを監視するオフィスになっていて、般若の世界の人間たちが働いていたはず。
だが、オフィスはシーンと静まり返っていた。
「!?......なんだか様子がおかしい」
「こ、光一っ!!人が、人がたくさん倒れてる!!」
葵が指さした先には男女が、たくさん倒れていた。
口から血を流したり、鼻がひん曲がっていたり、腕が折れているものもいる。
「一体どうなってんだ!?」




