第85話_一年後の約束
「どうして?あたしはもう一度、達治に会いたいだけだよ?
般若は、あの世界へのポータルをひらけるんだよね?」
「ひらけるよ」
「だったら......」
なにか言おうとした葵の言葉を、般若はさえぎった。
「だめだよ。その達治って子と葵は、別の世界線に生きてる。
だからひんぱんに会ってはいけないんだ」
「えっ。どうして?なにがいけないんだよ」
葵が食い下がる。
「再び会えば、もっと一緒にいたいと思うだろう。
葵は、達治を置いて元の世界に戻ることができなくなる。
達治を置いて元の世界に戻ることに、やがて罪悪感をおぼえるようになる」
「そんなこと......。なんでだよ。どうして般若にそんなことわかるんだよ」
「わかるんだ。俺も同じことがあったから」
「......般若も?」
「うん。俺も1111H-Dという核戦争後の世界で、幼い子どもを救った。
離れがたくなった」
「......」
葵はだまって般若の言葉を聞いている。
「1111H-Dは氷河期の世界と同じように食糧が少なく、荒廃した世界だ。
俺はその世界で一人で生きる少年が気になってたびたび会いに行った」
般若は、ロボットが持ってきた紙コップの飲み物をぐいっと飲んだ。
よく見ると、コップの中身は白湯のようだ。
「俺は通過袋に食べ物をいっぱい入れて、その子に持っていった。
その子は、もっと食べたいと言った。
俺はせっせと食べ物を運んだ」
「それの何が悪いんだよ」
葵が頬をふくらまして言った。
「その子は、俺に依存するようになってしまったんだ。
荒廃した世界1111H-Dで一人で生きる力を失い始めた。
まるで、野生生物が人間に飼い慣らされていくように」
葵はハッとしたような顔をした。
「俺がどうしても抜けられない仕事で、1111H-Dにしばらく行けない日があった。
しばらくぶりに1111H-Dに訪れて、少年を探すと、彼は......」
「どうなったんだよ」
葵がふるえる声で聞いた。
「彼は汚染された植物を食べて、命を失っていた」
「そんな」
「普通なら、警戒して食べないような植物を、彼は油断して食べたんだ。
俺のせいだと思った。
俺が下手に甘やかして、食べ物を与えて、手助けをしていたから。
だから、彼は注意力散漫になってしまった。
1111H-Dで生き抜く力を失ってしまったんだ」
「般若の......せいとは限らないじゃないか......」
「いや。明らかに俺のせいだ。
俺があの子に中途半端に関わらなければ、あの子はもっと長く生きられた」
「中途半端......」
「そうだ。本気で達治に関わりたいと思うなら。
あの世界......氷河期の世界に、永住するつもりにならなければいけない。
中途半端に手助けするのは良くないんだ」
「般若。お前......」
俺は般若が、泣いてるんじゃないかと思った。
「葵は1142H-Aの人間だ。そして達治は1223H-Aの人間。
二人はそれぞれ自分の世界で、自分の力で生き抜かなければならない」
「て、手助けなんかしないよ?
達治に......達治にちょっと会いたいだけなんだ」
「会うだけじゃすまないだろう。会えば、なにかしら、してあげたくなるはずだ」
「でも」
葵が泣きそうな顔をして下を向いた。
「般若!葵が可哀想じゃないか......。俺の葵の願いを叶えろよ!」
俺は般若に詰め寄った。
「お前は脳みその容量が少ないから、先の先まで読めないんだよ。
葵が達治に会いに行けば、もしかしたら、葵は氷河期の世界から帰ってこなくなるぞ」
「それなら、俺もあの世界で生きるまでだ」
「それはだめだ。お前たちは1142H-Aでやることがまだあるはず」
「般若は、いつも思わせぶりなこと言いやがって」
俺は口をとがらせて抗議した。
「般若だって、俺に会いに来て葵と深い仲になれ!!とか言ったじゃないか。
あれは手助けにならないのか」
「あれとこれとは、違うんだ」
「般若!」
だまりこんでいた葵が急に口を開いた。
「だったら、せめて一年後。いまから一年後に達治に会いに行きたい」
「一年後?」
般若が首をかしげる。
「一年後。達治に会いに行く。
今すぐ会いに行けば、あたしは、達治を手助けしたくなるけど。
一年後、たくましく育っている達治を見れば、あたしはきっと安心できる気がするんだ」
「もしもたくましくなかったら、どうするんだよ」
俺は口を挟んだ。
「その場合は......会わずに遠くから見守るだけにするから」
般若は葵の言葉を聞いてしばらく黙っていた。
「うん。それならいいだろう。いまから一年後。ポータルを開いてあげる」




