第8話_一目惚れするほど可愛くもない
日本人形に間違って告白したことで、豆治郎はワンワン俺に吠え続けていた。
でも、もう起きてしまったことは仕方がないよな。
それよりも。
俺の頭は、葵ちゃんのことでいっぱいだった。
どうして今まであんなにかわいい子が大学にいたのに、気づかなかったんだろう。
俺って目が悪いのかな。
いや。
裸眼で2.0だった。
明日も会えるかな......。
俺はトレーニングスタジオヒルマの、スタッフルーム、自分のベッドの上で枕を抱きしめて寝返りを何度もうった。
やばい.....。
どうして急にこんなに好きになっちゃったんだろう。
いままで、女を好きになったことなんて無かったのに。
彼女にまた会いたい。
話ができなくてもいい。
むしろ、彼女にむかって俺は声が出せるのか不安だ。
姿を遠くから眺めるだけでいい。
写真でもあればな~。
そう思ったところで「ハッ」と気づく。
般若からもらった100万の紙袋。
あのなかに、彼女の写真があるってことに。
俺は勢いよく飛び起きると、紙袋のなかを漁った。
紙袋の中には、まだ60万円ほど残っていた。
その中に薄っぺらい茶封筒が入っていた。
あわてて封筒の中から書類を取り出す。
「いた!天使だ!」
封筒の中には、こちらに笑顔を向ける葵ちゃんがいた。
なんで、俺はこの封筒の中身を今まで見なかったのか。
見れば見るほど、彼女はかわいかった。
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「俺は桜沢葵ちゃんと同じ部活動に入る」
翌日、俺は豆治郎にそう宣言した。
葵ちゃんと俺は別々の学科だし、接点がない。
会いたくても会えない。
会うためにはどうすればいいか。
同じ部活動に入れば良い。
そう思ったのだ。
「まじか。それで、光一が間違って告白しちゃった子には、どう説明するんだよ?
あの子も桜沢さんと同じ部活動だよ?
同じ部活に入ったりしたら、かえって、ややこしいことになるんじゃない?」
「あぁ~。あの子には、すみません間違えましたって言うわ」
「告白する相手をどうやったら、間違うんだよ」
「ん......そうだ!目が......目が悪かったことにする」
俺は無い知恵を振りしぼって豆治郎に言った。
豆治郎は大きなため息を付いた。
「光一は頭が悪いから、下手な嘘はつかない方がいい。
嘘つきだと一度思われると、桜沢葵は光一のこと好きになんかなってくれないよ?」
「それは困る!」
俺は慌てた。
「頼む。豆治郎、力になって欲しい。
俺は桜沢葵ちゃんのこと、すごく好きになった」
「不思議だな。桜沢さんは地味だし、一目惚れするほど可愛くもないのに」
豆治郎は首を傾げている。
俺は豆治郎の首を絞めた。
「そんな失礼なこと二度と言うな」
「ゴホッ!」
豆治郎が咳をして白目をむく。
「......アッ!ごめん。豆治郎、大丈夫」
俺は今度は豆治郎の肩を激しく揺すった。
豆治郎はしばらく、咳き込んで息を整えていた。
「なんだか、光一と一緒にいると平穏な俺の日常が失われていく」
豆治郎はボソッと、そんなことをつぶやいた。