第79話_【般若】大怪我を負った二人
古本屋の地下3階、コントロールの一室で、俺は光一が戻ってくるのをじっと待っていた。
正面の壁には漆黒の穴が口を開いている。
その漆黒の闇をいくらみつめても、光一は戻ってこない。
なんだか嫌な予感がしていた。
葵が飛ばされたと思われるあの世界......1223H-Aは人が人を食らうような野蛮な世界だ。
葵を連れて、無事に戻ってこれると良いが。
やがてポータルの漆黒の闇の中から、人影のようなものがうっすら見え始めた。
「......!」
ようやく戻ってきたな。
しかし次の瞬間、光一とその腕に抱かれている葵の姿を見て、俺は絶句した。
ふたりとも裸だった。
それは予想通り。
俺が絶句したのは、二人が大怪我をしていることだった。
葵は白い顔をして気を失っている。
光一は、腕や指から大量の血を流していた。
「お前!右手の指が......!」
葵の肩にそえられた光一の手を見て、俺はさらに戦慄する。
ヤツの右手の指はほとんど無くなっていて、薬指と小指で葵の肩を支えている状態だった。
「あぁ......指か?どこかに落としてきた。それより葵が!医者に連れていきたい」
「......ここの医療技術じゃ、救えないかもしれない」
俺は二人の怪我の様子を見て、そう言った。
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【葵】_1143H-Cにて
「う......ん」
頭が痛い。
割れるよう。
それに体の節々も。
背中が異様に痒い。
喉がカラカラでひりつく。
あたしは目を覚ました。
(ここはどこ)
また別の世界に飛ばされた?
老婆の小屋で目覚めたときを思い出す。
達治......達治は無事かな。
そうだ!
光一は!?
光一!!
あたしは、身体を起こそうとした。
でも、起き上がれない。
見えない何かで固定されていた。
しかもあたしの周囲には、透明の膜が張られている。
あたしは裸で、体の上に薄い布が一枚、掛けられていた。
キョロキョロと視線を動かす。
あたしが寝かされている部屋は、灰色のコンクリートに囲まれた殺風景な部屋だった。
「ここはどこだ!!だれか!!開けろっ」
あたしは透明の膜をガンガンと拳で叩いた。
コンクリートの壁の一部が左右に開いて、真っ白なロボットが部屋に入ってくる。
「目が覚めましたね。いまカプセルを開けますが急に動かないで。
まだ傷口が完全に塞がってない」
ロボットが腕を動かすと、空中に透明なパネルが現れる。
ロボットはそのパネルをすばやく操作した。
するとあたしの周囲を覆っていた、透明の膜がパカッと開いた。
あたしは勢いよく起き上がる。
「ここはどこ!?一体、どうなってる?」
「ここは1143H-C。あなたは樫谷氏の判断で1142H-Aから運ばれた。
治療のために」
ロボットは平坦な声で答える。
「こ、光一は?光一はどこ」
「樫谷光一氏は、現在自宅。ここには20分後到着予定」
自宅?
ロボットが言ってるのは、この世界の光一のことなのか。
「ちがう。たぶんその樫谷光一氏じゃない!違う光一だよ」
ロボットはしばらく黙り込んだ。
「わたしは治療用ボット252タイプC。
すみませんが、ご質問の意味がわかりません。
センターに問い合わせるか、管理者におたずねください」
「それじゃあ、質問を言い換える。
1142H-Aから私と同じように運ばれた男がいると思うんだけど。
その男はどこにいる?」
光一もたしか怪我していた。ここに運ばれたんじゃないのかな。
あたしはそう思って、治療用ボットに聞いてみた。
治療用ボットはまた黙り込むと、今度は腕を動かして、またパネルを空中に表示させた。
ボットはパネルをすばやく動かし、何かを調べている。
「います。あなたと同じ。1142H-Aから来た。樫谷光一氏と同じDNA......。
彼は、樫谷氏のいわゆるドッペルゲンガーと思われる」
「そうだよ!その男は今どこ?」
「重症」
「えっ!?じ、重症?......そんな。嘘だ!!光一に会わせて。今すぐ会いたい」
「個人情報。アクセスキーが必要です。
管理者にお問い合わせください」
「くそっ!!話にならない。252!
とりあえずあたしに着るものをちょうだい。
裸でいると落ち着かない!」
光一が重症!?そんな。
あたしはガタガタと震え始めた。




