第78話_こんなことになるなんて
「う......」
葵が俺の腕の中でうめいた。
「葵、もうすぐポータルだ。元の世界に帰ろう
そうすればきっと......きっとなにもかもよくなるから.....」
葵を抱きかかえて、森の中を歩く。
走ると葵の出血がひどくなりそうで、走れなかった。
涙を流しながら、一歩一歩そっと進んだ。
春樹さんと達治も着いてきていた。
葵が薄く目を開いた。
「光一......怪我した?血まみれだよ......?」
実のところ、兵士に切られた腕は痛み始め、指も激痛が走っていた。
指の何本かは失うだろう。
切り落とされた状態に近い指がいくつもあった。
「俺の怪我なんかどうでもいい。葵、痛む?」
「痛く......ないけど......さむい」
葵の顔色は悪かった。
歩くとポタポタと血が地面に落ちた。
血が止まらない。
俺も血を流してるから、葵の血なのか、俺の血なのか分からないけど。
やがてポータルのある洞窟についた。
般若がまえにこの世界の調査をしたときに使ったポータル座標を、今回も復活させたと言っていた。
ポータル座標......俺には何のことか、よく分からなかったけど。
般若は簡単な地図を書いてくれた。
「この座標の近く、この建物に、1223H-Aの光一が現れるはずだ。
羅針盤がそう言っていた」
般若は、羅針盤を調整しに行ってくれた。
羅針盤がどんなものなのか。
俺はいまだに知らない。
「その1223H-Aの光一のそばに俺の葵が引き寄せられるってことだな」
「そうだ。地図を頭に叩き込めよ。別の世界線には何も持っていけない。通過袋も無いしな」
般若はさらに言った。
「俺が前にあの世界に行ったとき見つけた衣服が、洞窟においてあるからそれを着ろ」
「えっ?服?」
「そうだよ。ポータルを通ると、素っ裸になるの、知ってるだろ?」
そうだった。
素っ裸であらわれた「野蛮な女たち」を俺は思い出していた。
俺は般若の言っていた服を洞窟で見つけて、それを身に着けて、この世界の光一のもとへと急いだのだった。
ほんの数時間前の出来事だった。
こんなことになるなんて、思いもしなかった。
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「た...達治.....達治は連れていけない......」
葵が達治のほうを見た。
「姉ちゃん!」
達治が葵のそばに走り寄った。
「達治は無理だ。ポータルを通れるのはごくわずかな人間だけだから」
たしかポータルを通れるのは、その世界の中でも4000人しかいないって般若が言ってた。
達治がその4000人に入ってる可能性にかけるのは危険過ぎる。
ポータルを通過できない人間は、ポータルの中に入れば溶けて死んでしまう。
俺と葵はポータルを通れる。
同じDNAをもつ般若とニセ葵が通れるのだから、俺たちも当然、通れるということになるのだ。
俺は、洞窟の壁に貼り付いている漆黒の穴を指さした。
「達治。葵と俺は、あの輪っかを通って別の世界へ行く。
達治と春樹さんは、あの穴を通ると死んでしまう。
二人はここで、頑張って生き残るんだ」
「は.....春樹さん。達治を......達治をどうかお願い」
葵が涙を浮かべて春樹さんのほうを見た。
春樹さんは、コクリとうなずいた。
「達治はもう、俺の子どものようなものだ。
こいつが、いるから俺はもっと生きたいって思えた。
二人で何とか、生き続けてみせる」
「姉ちゃん......姉ちゃん」
達治は涙を流して首を横に振った。
「た......達治、聞くんだよ。
達治はすごい子だ。もっと自分に自信を持つんだよ....。」
「姉ちゃん......」
「きっと、また会いに戻るから」
達治の手を握りしめる葵の手が、ぱたんと下に落ちた。
気を失ってしまったのか。
それとも......。
俺は嗚咽をこらえながら、立ち上がると葵を抱いたままポータルに入った。
ギュッと心臓が縮まるような嫌な感覚。
やがて漆黒の先に光が見えはじめた。
あの光の先が俺達の世界だ。




