第73話_【葵】ほんものの光一
「お前たち、逃げ出そうとしていたのか」
建物の正面玄関フロアで兵士に囲まれて詰問される。
兵士たちは10人以上はいるだろうか。
「逃げ出さないように睡眠薬を打っておこう」
一人の兵士がそう言って、注射器のようなものをもって近づいてきた。
「まずはそっちの子どもから」
兵士の一人が達治の身体を押さえつける。
「いやだよ。姉ちゃん!」
「やめて!その子はまだ子ども。見逃してあげて」
絶体絶命だ。
このままじゃ睡眠薬で眠らされて、粉砕機にかけられてしまう。
注射器の針が達治の細い腕に刺さるその瞬間。
正面玄関の観音扉が、バーンと開いた。
誰かが建物に入ってきたのだ。
逆光になっていて、誰なのか、顔がよく見えない。
「葵!」
入ってきた男はあたしに向かって叫んだ。
「葵、葵!よかった。無事だった」
ぎゅっと抱きしめられ大きな手で頭をなでられる。
覚えのある感触。
「こ......光一!?」
見上げると、光一の笑顔がそこにあった。
軍服を着ていない。
もとの世界の光一だ!
「うそ。どうやって」
「あとでゆっくり話す。今どういう状況だよ、これ」
耳元で光一が囁く。
「ここから逃げ出したいの」
小声で光一に言った。
達治の腕に注射器を刺そうとしていた兵士が、光一に向かって言う。
「か、樫谷大尉......?どうして平服なんです?」
「適当にごまかして!あたしたちをここから連れ出して」
あたしは小声で光一に告げると、彼から離れた。
「あー?この服?かっこいいと思って......」
光一は自分の服を見ながらそう言った。
ちょっと間の抜けたバカな受け答えは、もとの世界の光一そのものだった。
うれしくなる。
「俺と葵はちょっと森を散歩してくるわ」
光一は、周囲を見回すとそう言った。
「はッ......しかし......」
兵士の一人が光一の言葉にとまどう。
「樫谷大尉に、なにかお考えがあるんだろう」
近くにいるもう一人がそう言って、たしなめる。
「それじゃ、行ってくる」
光一はあたしの手を握りしめ、あたしは達治の手を引っ張った。
慌てるとあやしまれる。
ゆっくりとした足取りで、建物の外に出た。
そして、中庭を歩く。
噴水の前に差し掛かる。
それから、番兵が立っている詰所の前を通り過ぎる。
番兵は光一に敬礼している。
あたしたちは詰所の前を通り過ぎて、とうとう施設の外に出ることが出来た。
「やった!自由だ」
うれしかった。
生きてここから出られると思わなかった。
しかも光一に会えた!
光一の顔を見上げる。
少し疲れた顔をしているけど、あたしと目が合うと、微笑んでくれた。
あたしは達治の顔を見る。
「達治。よかったね。もう大丈夫だよ?」
だが達治は涙を浮かべて苦しそうな顔をしていた。
「......達治......?どうしたの。具合、わるいの?」
あたしは達治の顔をのぞきこんだ。




