第66話_1223H-A【葵】中央政府の「城」へ
「あの......助けてくれてありがとうございます」
あたしは、老婆にお礼を言った。
老婆は静かに首をふる。
「50年に一度くらい、あんたみたいなのが迷い込んでくるのさ」
そうつぶやいた。
どうやらここは、別の世界線。
あたしは死んだわけじゃなくって、別の世界に飛ばされた。
抹消のトリガーが発動すると、ポータル無しで別の世界線へ飛ばされるってことなのか。
新しい発見だった。
でも......元の世界にどうやって戻るの?
もう二度と、元の世界に戻れないのかも。
光一......光一に二度と会えなくなる?
涙がほおを伝った。
素直になるべきだった。
光一に「好き」って気持ちをもっと早く伝えるべきだった。
光一に会いたい......。
いつもみたいに、ぎゅっと抱きしめてほしい。
「葵」
と呼ぶ声が聞きたい。
あたしを見てやさしく笑って欲しかった。
「この世界は......氷河期にはいってるんだ......」
老婆の声にハッと顔をあげる。
老婆の話によるとこの世界は、隕石の衝突が起きて以来、氷河期が続いているということだった。
食べ物はすくなく、科学技術の発達もかなり遅い。
人々は配給される栄養タブレットやドリンクで飢えを凌ぐか、ごくたまに森で採れる野生動物で生き延びているようだ。
「そんな厳しい生活なのに。助けてくれてほんとうにありがとう」
「なに......。異邦人は助けたほうが良いことがあるからな」
老婆はそうつぶやくと、あたしが寝かされている部屋から出ていった。
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あたしは、一晩寝ると体力が回復してきた。
あたしと老婆の孫、10歳の達治は、森へ出かけては毎日狩りをした。
「あまり体力を使いすぎないように」
老婆からは口酸っぱく言われていた。
栄養となる食料を探しに出かけても、獲物が手に入るとは限らない。
しかも体力を使い果たして、カロリーを消費してしまっては元も子もないということだろう。
ムダに動かないように。
体力は温存する。
それがこの世界の基本のようだ。
「達治......ウサギがいる」
ある日、あたしは雪で覆われた草むらに隠れながら、達治に声をかけた。
20メートルくらいさきに、茶色いウサギがいた。
「達治。しとめるのよ」
「姉ちゃん。俺、自信ないよ。怖いよ。姉ちゃんがやって」
そのころには、達治はあたしのことを「姉ちゃん」と呼んだ。
達治は、怖がりだった。
怖い......、自信がない......それが達治の口ぐせだった。
「失敗してもいいから。やってごらん」
あたしは達治に自信を持ってほしかった。
きっと成功すれば達治は自分に自信をもつきっかけになるだろう。
達治はしばらく黙り込んだあと、コクリとうなずいた。
弓矢をウサギにむける。
緊張が走る。
シュッ!!
矢がウサギのほうへと飛ぶ。
だが、手前で下に落ちてしまった。
ウサギは、慌てて逃げていく。
「あぁ......。姉ちゃん、やっぱり俺はだめだ」
「そんなことないよ。勇気を出して、矢を放てた。そのことがすごいんだよ」
あたしは達治のあたまをなでた。
達治はすこし笑顔になって、あたしの顔を見上げた。
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「えっ?中央政府の城へ?あたしが?」
ある朝、老婆に声をかけられたのだ。
「中央政府の城で働いて欲しい。
人材を募集しているから......」
そう言われた。
「明日の朝、馬が迎えに来る。城なら食べ物も豊富じゃよ」
老婆はにやりと笑った。
嫌な予感がした。
だけど、これ以上、ここでお世話になるのも気が引ける。
食料はわずかしかないのだ。
「いやだ!!姉ちゃんいかないで」
達治が涙を流しながら、あたしの腰に抱きついた。
「おばぁ!!姉ちゃんを行かさないで。
3人でずっと、ここで暮らそうよ。
俺、食べるの我慢する。俺、食べなくてもいいから」
達治はそう言いながら、わぁわぁと泣いた。
「達治......」
あたしは達治を抱きしめて、頭をなでた。
あたしにとっても、達治は大事な弟のような存在になっていた。
自信がなくて怖がりの弟。
守ってあげたい存在。
「だけど、そうはいかねえ。
達治はこれからどんどん大きくなるんだ。
食べ物がもっと必要だ」
老婆がもっともなことを言う。
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その夜。
寝ようとすると、達治があたしの部屋に入ってきた。
「姉ちゃん、城には行かないで」
「達治......。仕方ないよ。きっとまた会える」
達治はまた涙を流すとぶんぶんと首を横に振った。
「俺のカーチャンも城に行ったんだ。
だけど戻ってこない。もう何年も.....。きっとなにかされる。行ったらダメだ!」
「達治のお母さんが?そうだったのね」
あたしは、しゃがみこんで、達治の目線に合わせた。
「達治のお父さんは......?」
「とーちゃんは、俺が生まれてすぐに狩りの怪我が原因で死んだ」
老婆は、達治の父方の祖母らしい。
「だいじょうぶだよ。姉ちゃんは強いから。
なにかあったら、逃げ出してくるよ」
あたしはまた、達治のあたまをなでた。
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翌朝、中央政府の「城」から迎えが来た。
長い馬車の列が、家の前に停まった。
「ほんとうに馬車なんだ......車はないのね」
「昔はあったが、燃料の採掘ができなくなったんだよ」
老婆があたしの問いに答えた。
氷河期により、完全にこの世界の暮らしは退化しているようだった。
あたしは、いくつかある馬車のひとつに乗った。
荷台にはうつろな目をした男女が何人か乗せられていた。
「よーし、出発するぞ!」
御者がさけぶ。
あたしの乗せられた馬車の2つ後ろの馬車に、達治がこっそりと忍び込んだのを、あたしは気づかなかった。




