第62話_般若の登場
とつぜん現れた甲高い声の主のほうに、視線をむけた。
ヤツは、壁によりかかって腕組みをしてこちらを見ている。
身体つきから言って男だろう。
その顔には......般若のお面を付けていた。
「......般若!!」
忘れもしない。
現金100万円と引き換えに「桜沢葵と深い仲になれ」という仕事を依頼してきた謎の人物。
葵との出会いのキッカケをつくったとも言える、般若のお面の男。
「俺のこと、忘れてないみたいだね?
今日が約束の1年だよ。
見に来てみたら、君は別の世界線の葵と深い仲になろうとしている。
なにやってんだよ」
般若がためいきをつきながら、そう言った。
ヤツは俺のほうに視線を向けているんだろうか。
お面で相手の視線の向きがよく分からなかった。
ニセ葵は、般若をにらみつけると俺の上からパッと降りた。
猫のような素早さで般若のほうに突進する。
ニセ葵は、大ぶりの回し蹴りを般若に放った。
「おっと」
般若はニセ葵の回し蹴りを、腕ですくいとる。
そしてニセ葵の背中に肘鉄をくらわせた。
「グフッ」
ニセ葵が口からつばを吐いてうめいた。
般若はニセ葵の片腕の関節を素早くキメると、女の背中に膝をのせて床に押しつぶした。
「顔を隠しているってことは......お前は......グフッ。
別の世界線の光一だな!?どこの世界線だ?ワールドナンバーを言え!」
ニセ葵が押しつぶされたまま叫んだ。
「お前は1145H-Bの葵だな。かわいそうに。
あの世界線の光一は、流行り病で死んでしまっている。
光一に出会えなかったせいで、孤独で寂しいんだろう。
しかも性的欲求不満をかかえている」
「うるさい!バカなこと言うな!足をどけろ。離せ」
葵はジタバタと手足を動かすが、般若は力を緩めようとしなかった。
俺の頭は混乱した。
般若が、俺?
別の世界線の俺?
そんな......。
だけどきっとそうなんだろう。
顔を隠しているのが証拠だ。
俺は叫んだ!
「般若!!お面を取って、俺に顔を見せろ!!
俺も、消滅するんだ。消滅すれば、もしかしたら葵に会えるかもしれないっ」
ベッドに拘束されたまま、首だけ必死にやつの方に向けた。
「なにっ?」
般若が俺の言葉に驚いた、そのわずかなスキをついて、ニセ葵は般若の内股にケリを入れた。
「くっ」
般若の態勢が崩れる。
ニセ葵はゴロゴロと床を転がって般若から距離を取ると、スッと立ち上がる。
そしてポケットからインカムのようなものを取り出した。
「お前ら、すぐに部屋に来い!侵入者だ」
どうやら応援を呼んだようだ。
「おいっ!!もしもし?お前ら?」
葵はインカムに向かって叫んでいる。
「アイツらか?俺の手下にやっつけさせたよ」
般若が言った。
「チッ!!くそっ。覚えてやがれ」
ニセ葵はダッシュで部屋のドアの方へと向かった。
逃げ出したんだろう。
「般若......。頼む、お面を取るんだ」
俺は般若のことを見つめながら、なおも懇願した。
「まて。理解が追いつかない。葵が消滅したって、マジなのか?」




