第61話_ニセ葵に拉致される
大学のカフェテリアを飛び出して、夕暮れの街を一人で歩いた。
優香も豆治郎も俺の気持ちを分かってない。
俺にとって葵がどんなに大切な人なのか。
少しも分かってない。
下を向いて早歩きで歩いた。
周囲に注意しながら歩けばよかったんだけど、俺は、葵のことばかりグルグルと考えながら歩いていた。
人気のない路地裏で、俺は、いつのまにか男たちに囲まれていた。
男たちは俺の腹や頭を殴った。
防御もせず、されるままだったので、俺はやがて気を失った。
--------------------
「......っ」
体中が痛い。
頭も痛かった。
殴られまくったせいだろう。
起き上がろうとしたが、手足が鎖で拘束されていた。
よく見ると、俺はベッドに寝かされていた。
手足は動かないようにベッドの柱に固定されている。
(ここはどこだ?)
俺は首を動かして周囲を観察した。
ホテルのような部屋だった。
俺が寝かされているベッドの正面には大きめのテレビ。
右側にはカーテンが閉じているけど窓があって、左奥はたぶん、部屋の出入り口のドアがあるんだろう。
「気がついたか」
左奥のほうから、葵の声がした。
「やっぱりお前か」
ニセ葵だった。
手下の男たちを使って、俺を拉致したんだろう。
いつかこんなふうに、ニセ葵が襲撃してくるとは思っていたけど、案外早かったな。
ここは、優香がずっと監禁されていた部屋かもしれない。
「抹消のトリガーであたしは生き残った。
お前はもうあたしのものだ」
ベッドに仰向けに寝かされ、手足を拘束されている俺に、ニセ葵はゆっくりと近づいてきた。
ニセ葵はベッドにのると、俺の上に馬乗りになる。
「残念だな。俺はいま、ポータルを持ってない」
ニセ葵の顔をよく見ないようにして、俺は言った。
ニセモノだけどやっぱり葵と同じ顔を見るのは辛かった。
「ポータルはぜったいに見つからない場所に隠した」
「......フン。そうなのか。だがいずれ吐くだろう」
ニセ葵は口の端をキュッと引き上げてニヤリと笑った。
俺の大嫌いな笑い方だ。
葵の顔にそっくりだけど。
でもやっぱりぜんぜん、葵とは違う。
当然だけど。
ニセ葵は俺の頬をナイフでなでた。
そしてシャツのボタンを一つずつナイフの先ではずしていく。
「ボタンを壊すな。俺はミニマリストだから、シャツは2枚しか持ってない」
ニセ葵を睨む。
俺は、わずかに動かせた膝で、ニセ葵に膝蹴りをした。
だが威力はなかった。ニセ葵は涼しい顔をしている。
このまま、ニセ葵の好きにさせて良いのか。
逃げ出す方法はないか。
俺はジタバタとわずかに動く手足を動かしたが、拘束はびくともしない。
ニセ葵は、俺の頬をなぐった。
嬉しそうな顔をしている。
脇腹をナイフで切られた。
痛みは少ないが、血が流れる感覚がある。
「......っ!何をされても、お前の言うことなんか聞かない。
ポータルの場所も言わない」
「なぜだ?蛭間透子の言うことは聞くのに?」
ニセ葵は、ナイフを舐めている。
「理由はない。お前の言うことを聞いてポータルを開くとロクなことにならない。
......そんな気がするからだよ」
そのとき、左奥の出入り口のほうで、ドアが開く音がした。
ニセ葵はビクッとして、ドアの方に視線をやる。
「......誰だ?誰も入れないように言ってあるはずなのに」
甲高い声が聞こえてきた。
「ポータル管理者は自分の世界を守るために、自分の本能に従う。
君はこの世界のポータル管理者に嫌われたんだ。
もうポータル管理者は君の言うことは絶対に聞かないだろう。
これは常識だよ?ワームの葵ちゃん?」




