第58話_大好きだった
葵......ごめん。
無理やりあんなことして。
俺は期間限定の彼氏なのに、ちっとも良い彼氏じゃない。
思わずため息が出る。
静かな寝息が聞こえてくる。
葵は眠ったんだろう。
眠ったほうがいい。
眠っちゃえば、不安な気持ちを抱えたまま過ごさなくて済む。
葵と二人で寝ると、狭いベッドなので寝返りも打てない状態になる。
だけど、不思議と窮屈じゃなかった。
葵の身体のおうとつが、パズルのピースみたいに自分の体にピッタリ合ってる。
妙に居心地が良い。
あぁ......。
スースーと言う寝息。
寝息でさえ、めちゃくちゃ可愛い。
葵は壁のほうを向いて寝てるから、残念ながら寝顔は見えない。
葵を起こさないように、そっと髪をなでる。
肩が柔らかくて小さいな。
葵の白いうなじが暗闇で見えた。
あぁ~うなじにキスしたい。
キスしてさわりまくりたい。
だけど、そんなことできない。
葵は怖がってるし、俺は本当の彼氏じゃないし。
しかも眠ってるし。
俺はこのまま朝まで起きてよう。
正直、ムラっとするしキツイけど。
眠ってしまって、朝、目が覚めて葵がいなかったら?
そんなの怖すぎる。
ずっと目を開けて、葵のことを見張ってるんだ。
俺が付いてるから絶対に大丈夫.......。
それにしても抱き心地が良い。
ずっと抱いていたいな。
俺はいつの間にか眠ってしまった。
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「光一、光一」
遠くで葵の呼ぶ声がした。
「ん........。もうすこし......ねたい」
「光一。起きて......。あたしの身体が」
葵に肩を揺さぶられて、俺は目を覚ました。
上半身を起こす。
葵も、ベッドの上で、体を起こしていた。
「もう朝?」
窓のほうを見ると、ブラインドの隙間から見える外は暗かった。
寝ぼけた目で、葵のほうを見る。
「......葵っ!?」
ぎょっとした。
葵の身体が薄く、透明に近くなっていたのだ。
「葵!?うそだ。うそだ。まって。お願い」
俺はパニックになった。
「光一......。あたしの負けみたいだ。
きっとニセ葵が光一を狙いに来る。がんばって戦うんだよ?」
「いやだ。葵。だめだ!だめだよ」
俺はガタガタと震えながら、葵を抱きしめた。
「いかないで。俺も一緒に消える」
「今日一日、付き合ってくれてありがとう」
葵は目に涙をいっぱいためて、俺をみつめた。
彼女の両手が俺の両頬に触れた。
もうほとんど透明になってきていた。
「葵。大好きなんだ。お願い。いかないで」
「光一。あたしもだ。あたしも光一のことが大好きだ」
「えっ......。葵......」
「うん。大好きだ。けっこう最初のころから好きだったよ」
葵は涙をポタポタとベッドのシーツの上に落としながらそう言った。
「素直になれなくてごめん。......あたし、後悔してる」
俺は首をぶんぶんと横にふった。
「やだよ......。こんなのいやだ」
「光一......」
葵は目をそっと閉じた。
葵の肩をだきよせる。
そして彼女の唇に、自分の唇をよせた。
あと少しでキスできる。
その手前で、葵は完全に消えてしまった。
「葵っ!!!」
俺は大声で叫んだ。
なんども、なんども、彼女の名前をよんだ。
だけど返事はない。
彼女の暖かい身体。
優しい笑顔。
すねたような表情。
それに俺の首を絞めて、腹を殴ってくる小さな手。
葵はいない。
いなくなってしまった。
彼女は消えた。
ベッドの上には、葵の涙のあとが点々と残っているだけだった。




