第51話_自殺行為
狐の覆面を付けた葵は、俺に向かって、大きく首を左右に振った。
「ダメだ!やめるんだ」
覆面の小さな穴からのぞく、葵の目と、俺の目が合う。
「葵!いろいろ楽しかった。
葵に首を絞められたり殴られたりするの、実は好きだったんだ」
狐のお面は「フー!フー!」と洗い息を吐き出しながら、さらに首をはげしくふる。
「出会えてよかった。ほんとに。俺の人生で一番幸せな時間だった」
俺のすぐ後ろの床には、ぱっくりと口を開けたポータルが待ち構えていた。
ニセ葵が、俺に拘束された状態のまま叫んだ。
「やめろ!光一。くそっ。
無計画に開いたポータルに飛び込めば、出口をみつけるのは不可能に近い」
「葵が傷つくくらいなら、お前を道連れにしてやる」
あと一歩。
あと一歩さがれば、俺とニセ葵はポータルに落ちる。
「葵。いろいろありがとう。出会えたのは般若のお陰だな。
ヤツにお礼を言いたかった......」
背後から、強いエネルギーを感じる。
俺はニセ葵をしっかりと抱きしめたまま、背後の足元をチラッと見た。
ぱっくりと開いた黒い闇が見える。
地球上のどんなものよりも、底なしに黒くて深い。
すごく恐ろしいのに、なぜだか引き寄せられる。
吸い込まれるような漆黒の闇。
フラフラと近づきたくなるような不思議な魅力。
あと数センチで、ポータルの穴に落ちるというところで、葵が叫んだ。
「ダメだ!光一止まれ!!」
葵は自分のキツネの覆面を引きちぎるように取った。
「ニセ葵!!あたしの目を見るんだ」
「葵!!なんてことを!!」
優香が叫ぶ。
「そんな!!......ニセ葵!見るな!!見ちゃダメだ」
俺はあわてて、ニセ葵の目を自分の手で隠した。
だが遅かった。
ニセ葵の体に緊張が走っている。
自分の分身を......ドッペルゲンガーを「見て」しまったのだ。
「......自殺行為だ。お前が死ぬかもしれないのに。
バカで浅はかな奴め!!」
ニセ葵が葵に向かって唾を飛ばしながら叫んだ。
「それはわからない!あたしが生き残るかもしれない」
「葵!!どうしてこんなバカなこと......」
「だって。どうしていいか分からなかったんだよ。
このままじゃ、光一はポータルに落ちるし。
ニセ葵をやっつける方法は、これしかないって思ったんだ」
葵はボロボロと涙を流した。
男たちに襲われて殺されそうになったときだって、葵は涙一つ流さなかった。
いつだって、強がって、怖くないってふりしてきたのに。
その葵が大粒の涙を流している。
「葵っ」
俺は、葵のほうに駆け寄ると彼女を抱きしめた。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
ニセ葵は何度も悪態をついた。
「あたしが生き残ったら、そしたら今度こそ、光一。
お前を逃さない。こんな真似、二度とさせない」
ニセ葵は俺を指差すと、道場から逃げ出した。
「あぁ......。どうしよう。葵は、葵はもしかしたら消えちゃう」
優香が呆然とした顔でつぶやいた。
「そんな!なんとかならないのか!?」
「なんともならない。防ぐ方法はないのよ」
「葵!お願い。消えないで」
俺は葵がどこかへ行かないようにと、強く抱きしめた。




