第50話_キツネの覆面
「優香!」
ニセ葵の手下と思われる男数人に、優香が連れてこられた。
ヤツらは道場に土足のまま入ってきた。
ニセ葵は俺に覆いかぶさってナイフをチラつかせていたが、ヤツらが道場に入ってくると、スッと立ち上がった。
俺も立ち上がる。
ナイフの切っ先から解放されてホッとした。
「光一。来てくれたの」
優香は少しやつれているけど顔色もいいし、元気そうだ。
「優香、だいじょうぶなのか」
「だいじょうぶ。こいつらの出す食べ物と来たらカップラーメンばっかだった。
おかげで、肌荒れがすごいけど。
ずっとホテルみたいな部屋に監禁されていたのよ」
優香は、隣に立つ男を睨みつけた。
暴力は振るわれてないみたいだ。
ニセ葵は優香を丁寧に扱ってくれたんだろう。
「優香を自由にしろ。優香、松井さんと葵が正門の前で待ってる」
俺は早口で優香に伝えた。
優香はうなずいた。
ニセ葵がニヤニヤと笑いながら言った。
「山口優香のことは解放したあとも、私の手下が常に見張っている。
光一。お前があたしに逆らったり逃げ出すようなことがあれば、
手下どもに優香を襲わせる。
ついでにお前の大好きな葵ちゃんのこともズタズタにして殺してやる」
「......俺がお前の言うことを聞けば、二人には手を出さないんだな?」
ニセ葵をにらみつけた。
「もちろんだ。
優香と葵の二人は、お前を自由に操るための大事な人質だ」
「クソッ!お前の言うことを聞く。どこへでも連れていけ」
俺はニセ葵に向かって両手を上げて、降参のポーズをした。
「光一......そんな」
優香が目を見開いて俺を見る。
「......分かってる......。あたしのためじゃないよね......。葵のため。そうでしょう」
寂しそうに目を伏せた。
「葵は優香のことを命がけで守ってきた。
葵が大事に思うんなら、俺にとっても優香は大事ってこと」
「光一。そんなに葵のことを......」
「さぁ。早く行こう。一晩中、お前を痛めつけて泣かせてやる」
ニセ葵に後ろから襟首を掴まれる。
俺は死ぬまでニセ葵の奴隷になるのか......。
しかも、こいつは優しいご主人さまじゃない。
暴力的で気が狂ってて、おまけに性欲が増強されてるんだ。
ニセ葵が襟首を強く引っ張る。
「行くから。引っ張るなよ」
俺はまるで家畜のように、ニセ葵に連れて行かれる。
連れて行かれた先で、首に縄をつけられてムチで叩かれるのかも。
頭の中に「ドナドナ」が流れ始めたときだった。
道着を着た謎の女が、猛ダッシュで、俺とニセ葵に近づいてきた。
「シャァアアッ」
女は奇声を発すると、ニセ葵の腕をつかみひねりあげると、投げ飛ばした。
ニセ葵は、きれいに一回転して受け身を取る。
「お、お前は......」
ニセ葵は、腰を低くして半身になり防御の姿勢を取りながら、道着の女を見た。
道着の女は、キツネの顔の覆面をかぶっていた。
「あ、葵!?」
俺は思わず叫んだ。
体つきや背の高さからみて、どうみても葵だった。
葵とニセ葵は相手を睨みつけながら、ぐるぐると円を描くように動き始めた。
「危険すぎる。覆面が取れたら命の危険が......」
優香が息を呑む。
「やめろ!葵。俺ならだいじょうぶだから」
「シャアアア」
キツネは、また奇声を発するとニセ葵に突進していった。
タックルをする。
ニセ葵は腰を低くして、態勢を崩されまいと耐えた。
キツネが繰り出すパンチやキックを、ニセ葵はゆうゆうと避ける。
しかしニセ葵が繰り出す攻撃も、キツネは、つぎつぎと避けては、かわした。
「二人は同じだから......。だからいくら攻撃してもムダよ。戦いにならない」
優香が言う。
「相手の攻撃が読めるから」
「フン。あたしはこいつとはちがう」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、ニセ葵が言う。
「あたしは、こんな平和な世界で生きてこなかった。
だから、お前より残酷なことができる!」
ニセ葵は、隠し持っていたナイフをシュッ、シュッと振り回し始めた。
「汚いぞ!素手で戦え!」
俺が野次を飛ばすと、
「これは、武道の稽古じゃない!ルールもなにもあるもんか!」
とニセ葵がニヤけながら言った。
ナイフが葵の肩に当たった。
「チィッ!」
血しぶきが飛ぶ。
あぁ!!
やばい。
もう見てられない。
俺はいても立ってもいられなくなって、ニセ葵の背後から、ヤツに突進した。
考え無しに突進したわけじゃない。
ある狙いがあったのだ。
ニセ葵に後ろから抱きついた。
ヤツはびっくりして、一瞬動きが止まった。
そのうえ、ナイフを床に落とした。
俺は、ヤツの後ろポケットからポータルを素早く取った。
そしてポータルを少し離れた床に投げつけた。
「やめろ!なんてことを!ポータルがひらいてしまう」
ニセ葵は慌てている。
「離せ!光一......お前!くそっ。なんて力だ」
俺はニセ葵を後ろから強く抱きしめたまま、あとずさりした。
キツネの覆面は、びっくりしてるのか、動かない。
俺はそのまま、あとずさりして、開き始めたポータルに近づいた。
ニセ葵は手足をバタバタさせて、逃げ出そうと身をよじっている。
だけど絶対に、女を離すつもりはなかった。
ニセ葵もろとも、俺はポータルに飛び込むつもりだ。
蛭間さんも、豆治郎も言ってた。
ポータルに入れば、きっと帰り道がわからなくなるって。
それでもいい。
葵が目の前で傷つけられるくらいなら。
ニセ葵ともども、俺はポータルに落ちる。




