第45話_【葵】火事場の馬鹿力
光一は松井の運転する車に乗ったとたん、安心したのか気を失うように眠ってしまった。
車内に光一のスースーという寝息が響く。
「......お嬢さま。なにかが起きたんですね」
松井とバッグミラー越しに目が合う。
「そうだ。思いもしないことが起きた」
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光一の動きは獣のようだった。
彼の戦いのスタイルは古武術でもボクシングでも、空手でもない。
光一は、襲いかかってくる男どもを、はねのけ投げ飛ばし、床や天井に叩きつけた。
攻撃も守りも無い。
力でねじ伏せる。
彼の動きは非常にシンプルで、それだけのことだった。
だが、その力は普通の人間のものではなかった。
光一に投げられた男は壁や床に強く頭を打ち付けた。
もしくは、異常な力で腕や足をつかまれ、骨が砕け散るか折れ曲がった。
あたしは、そのことを松井に説明した。
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「火事場の馬鹿力といいましょうか」
松井はあたしの話を聞いてポツリと言った。
「親が子どもを守るとき、あり得ない力が発揮されることがあります。
愛する者を守ろうとするとき、人間には底力のようなものが湧き出てくる.....」
「そういうものかもしれないが.......。とにかく異常な力だった」
「樫谷光一の調査をしていたとき、感じたことがあります」
松井は、正面の信号をにらみながら言った。
「......それはなんだ?」
「身体から発せられる氣が非常に強い。彼のポテンシャルが強いことは間違いないです。
ポータル管理者であれば、当然のことなのでしょうが......」
松井はフッと笑った。
「彼は氣を使い果たして、いまは眠り込んでいる。
おそらく、回復するのに24時間はかかるでしょうね......」
「うちの客間に寝かせてやろう」
あたしは光一の寝顔を見た。
引っかき傷や殴られた痣をつけたまま、平和な顔をして眠りこけている。
「ん......あ......やめろ......葵にさわるな」
「光一。あたしはもう大丈夫だ」
彼はあたしの声に反応して、あたしにもたれかかった。
「葵......」
松井はバッグミラー越しにこちらを見た。
「お嬢さまは長いこと一人で戦ってきた。
ようやく守ってくれる者が現れたようですね」
「ふん、あたしは、光一に守ってもらったりなんかしないぞ」
「でも少し心配です。
お二人の絆が強くなればなるほど、相手を失ったときの辛さは計り知れない」
「失う......光一を......?」
「常にその覚悟で挑まないと。運命は動き出しています」




