第37話_【葵】ありがとう
松井のおかげで、肩の脱臼は治った。
あいつの煎じた漢方薬を飲んだから、気分もましになっている。
だが、急所を殴られまいとガードした腕がズキズキと傷んだ。
傷を負ったときは眠るのが一番いい。
戦いのあとはアドレナリンのせいで、眠れないことが多いけど、あたしは戦いに慣れている。
だから、すぐに......眠れる......。
雑魚の顔を見ているうちに、いつのまにかまぶたが重くなってきて、あたしは眠ってしまった。
あいつの身の上話。
あれは衝撃的だったな。
ポータル管理者と、暗黒の分岐の鍵。そして鍵を守るあたし。
この世界の運命をにぎる3人が、偶然同じ大学の同じ部活にいる。
雑魚があたしたちに近い距離にいるのは、偶然ではないだろう。
頭の弱い雑魚が、この大学に合格した。
雑魚には悪いが、その時点で非常に怪しい。
雑魚がこの大学に入学し、あたしたちが出会ったことは、仕組まれたこと。
なにか大きな力が働いている。
糸を引いているのは「般若のお面の男」なのか。
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「うっ.......」
目が覚めた。
ブラインドの隙間はまだ暗い。
夜中だろう。
山口先輩のことが心配でたまらなかった。
彼女になにかあったら、ニセ葵の目玉をくり抜いてやる。
ふと、あたしの手を雑魚が握っているのに気づいた。
あたしが寝ているベッドに頭と腕を乗せた雑魚が、スースーと寝息を立てている。
右手はあたしの手を握ったまま。
雑魚の下半身は、冷たい床に座った状態だ。
雑魚だって、男たちに殴られたり蹴られたりして、傷を負っているはずなのに......。
こいつは、痛いとか辛いとか、そういうことは何も言わない。
「雑魚の寝床を、あたしは取ってしまったんだな」
雑魚の寝顔を見る。
まつげが長くて、意外に色が白い。
子どもみたいにあどけない寝顔をしていた。
(かわいい)
あたしは思わずそんなことを考えてしまった。
いけない。
雑魚は、山口先輩の彼氏じゃないか。
雑魚に握られた手を、引き抜こうとした。
だが、彼は眠っているはずなのに引き抜こうとすると、びっくりするくらい強く握りしめてくる。
うまく引き抜けなかった。
雑魚は人を殴ったり攻撃することに慣れていない。
だけど、力は驚くほど強かった。
鍛えれば、使える戦士になるかもしれない。
あたしは、いつの間にかヤツの前髪に触れていた。
そっと、髪を撫でる。
サラサラしていた。
「ん......」
雑魚がうめいたので、ビクッとして手を引っ込めた。
「葵.......葵ちゃん......だめだよ、死なないで......」
(雑魚......)
あたしは山口先輩のためにいつ死ぬかわからない身。
そういう人間として育てられてきた。
両親も、兄弟も、「いつ死ぬかわからない人間」を愛したりしない。
だって、愛すれば失ったときに、ひどく悲しい思いをすることになるから。
あたしは、今まで誰にも愛してもらえず、そして愛することも避けてきた。
いつだって孤独だった。
「死なないで」
そんなふうに言ってくれる人はいなかった。
「雑魚......。光一......ありがとう」
あたしは、そっと彼の手を握り返すと、目を閉じた。




