第35話_失いたくない
「雑魚!恥ずかしい、降ろせ。あたしは歩けるから」
葵ちゃんを、おんぶして歩いた。
「歩かせない。だめだよ。俺は喧嘩は弱いけど力はあるんだ」
足をバタバタさせて抵抗していたけど、葵ちゃんはやがて大人しくなった。
「雑魚。おまえは別の世界線の葵と知り合いのようだったな。
一体どういうこと」
「じつは俺の腕をナイフで切ったのは、あいつなんだよ」
「なにっ。なんで言わなかった?」
「だって。葵ちゃんのソックリさんにやられたなんて言ったら、
頭がおかしくなったって思われるじゃん」
葵ちゃんは俺の背中で小さなため息を付いた。
「ニセ葵は、おまえにポータルを持って来いと言っていた。
まさかお前......いや、いい。今は聞きたくない。
後でゆっくり聞こう」
「もうすぐつくよ」
パーソナルトレーニングジム・ヒルマが目の前に見えてきた。
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葵ちゃんを俺のベットに寝かせた。
彼女はどこかへ電話をして、やがて男が一人、ジムにやってきた。
「お嬢さま。これはまた、派手にやられましたね」
「......松井、早かったな。
骨は折れてないと思うんだが、右肩を脱臼してる。
治してほしい。
あと、山口先輩がさらわれたんだ。山口家に連絡を入れてほしい。
あたしが彼女を無事に取り返すと伝えろ」
「......かしこまりました。」
松井とよばれた男は、30代前半くらいか。
俺のことをちらっと見ると、
「お嬢様のお体をみるのでご退出願います」
と言った。
「あぁっ!わかりました。出ていきます」
俺は慌てて部屋から出ていった。
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30分くらいして、松井さんが部屋から出てきた。
「葵ちゃんは!?大丈夫なんですか?」
慌てて聞くと
「よくあることです。お嬢様はお強いので、すぐに良くなるでしょう。
お嬢様はあなたに話があるらしいし、今夜は動かさない方がいい。
このまま私だけ帰ります」
松井さんは俺のほうを真剣な目で見た。
「ところで。別の世界線の葵と、お嬢様は視線をあわせていませんよね?」
「......えっ?」
松井さんの言っている意味が分からなくて首をかしげる。
「葵お嬢様と、もうひとりのそっくりな女......
二人は言葉をかわすなど、近距離で遭遇してないかどうか
.......そのことを私は知りたいのです」
「二人は近距離で遭遇してないです。
ニセ葵は、葵ちゃんが来たら、逃げるように去ったから」
「良かった。もし別の世界線の自分と遭遇しそうになったら、あなたも急いで逃げなさい。
もし相手と目が合って、お互いが自分に似ていることを認識すれば、24時間以内に二人のうちどちらかが命を落とします」
「えぇっ!?そんな......」
俺は松井さんの言葉にギョッとした。
葵ちゃんは、ニセ葵に戦いを挑もうとしていた。
「ハナから死を覚悟してる」
そうも言ってた。
葵ちゃん。
まさかそんな。
そんな危険な目にあっていたなんて。
自分の足が震えているのを感じた。
葵ちゃんが命を落とす。
考えるだけでゾッとした。
俺は葵ちゃんを失いたくない。
今一番ピンチなのは、優香なんだけど。
俺は、葵ちゃんのことばかり、考えてしまう。
......優香、ごめん......。
やっぱり俺は葵ちゃんのことが好きでたまらないんだ。
松井さんは俺の肩をつかんだ。
びっくりして、彼の顔をみる。
「お嬢様のことをよろしくおねがいします」
そう言って、頭を下げると松井さんはジムから出ていった。




