第218話_精一杯いきる
真っ白な雪原。
俺も葵も吐く息が白い。
俺たちは木の陰に隠れて息を潜めていた。
20~30メートル先くらいに、少年が弓を引くのが見えた。
弓矢の先には、小さな野うさぎがいる。
少年が弓の弦を離す。
シュッ!
矢が勢いよく野うさぎの方へと飛んでいく。
みごと、矢はうさぎの首に当たり、うさぎは絶命した。
「やった」
少年が小さくガッツポーズするのが見える。
少年のわきには中年男性がいて、彼のあたまを優しく撫でていた。
晴樹さんだろう。
「達治......。
姉ちゃんがいたときは怖がって、弓が引けなかったのに」
葵は、震えながら達治の様子を見ていた。
「達治に話しかけてみようか」
俺がそう言うと葵は
「ううん。
達治が元気で強くなっていることが分かっただけで嬉しいんだ。
あたしに会えば、また甘えて弱くなってしまうかもしれない。
それに離れがたくなってしまう」
「そっか」
俺と葵は、悠人に座標を教えてもらって、氷河期の世界(1223H-A
)の達治のそばにポータルを開けた。
葵は過去に、末梢のトリガーでこの世界に飛ばされた。
そのときに出会った、この達治のことをずっと気にしていたのだ。
悠人が教えてくれた通り、ポータルを抜けた先は民家の納屋だった。
民家にこっそり忍び込み、洋服と靴を拝借。
しかし、服は薄く、防寒着としては役に立たなかった。
「凍え死にそうだ。帰ろう?」
俺は葵を抱き上げだ。
「ちょっと!あたし、歩けるよ?」
「葵を抱っこしたほうが、俺があったかいんだよ」
民家の玄関に服を畳んで返却する。
そして、納屋の地面に空いているポータルに飛び込んだ。
ポータルの中を歩きながら、葵に話しかける。
「ここには、また様子を見に来れば良い。
いつでも来れるんだし」
「ううん。もういい。
キリが無い。
達治は強い子だ。
生き延びる。
あたしはそう信じてる」
葵はきっぱりとそう言うと、俺の手を握りしめた。
---------------------------
ー3年後ー
教会の鐘が鳴る。
「山口先輩......すごく......すごくきれいだ」
葵が目をうるうるさせて、優香のことを見ている。
優香は真っ白なウエディングドレスを身にまとい、幸せそうに微笑んでいた。
俺と葵は優香の結婚式に招待された。
花嫁の控室で、優香と対面する。
「あのときは驚いた。
まさか運命の相手が豆次郎のドッペルゲンガーだなんてな」
俺がそう言うと、優香もうなずいた。
「あたしね、......実は、別の世界線に行ってしまったまめくんのことも、今でも大好きなの。
でもこの世界線のまめくんのことも、同じくらい好き。
これって浮気なのかな」
「それは仕方ないんじゃないか。
ドッペルゲンガーは、同じ姿かたちだけど、それぞれ微妙に個性が違うからな。
育った環境が影響するんだろうけど。
どちらも山口先輩にとって大切な存在......ってことだ。
浮気じゃない」
葵がそう言った。
「幸せになるんだよ、優香」
「ありがとう」
優香は目に涙をためた。
---------------
大学を卒業して、俺は精密機器メーカーの営業マンになった。
売ったあとに、製品の発注を忘れたりなど失敗ばっかだけど、なぜか営業成績は良かった。
先方に迷惑をかけないようにと、俺のフォローをするサポート業務の人が増やされた。
葵は、教員免許をとって、高校教師になっていた。
少林寺拳法部の顧問もしている。
生徒にかなり人気みたいだ。
俺たちは、週末、いっしょに過ごし、また慌ただしく仕事に戻る。
幸せな日々だった。
-------------------
ステンドグラスから差し込む春の日差しが眩しい。
神父が何か言うと、優香と豆次郎が「誓いのキス」を交わした。
俺は隣に座る葵の手を、そっと握る。
(俺たちも、そろそろ......結婚したいな)
そんなことが頭に浮かんだ。
教会の外に出る。
花婿と花嫁に向かって、ライスシャワーが投げられる。
それに花びらや、シャボン玉が舞う。
「きれいだな」
「ほんとね」
「新郎の石井豆次郎は、この世界を良き方向に導く発明をする。
彼は優秀な数学者だ」
いつのまにか悠人が俺の足元に来てぼそっとつぶやいた。
「そうなんだよな。
豆次郎は頭が良い。いまも大学院で研究してんだろ。
優香はそれを懸命に支えてる」
「山口先輩は、豆次郎君にいつもつきっきりだ」
葵も口を挟む。
「考えてみたらさ。
別の世界線に行った豆次郎だって、きちんとした教育を受ければ、有名な数学者になれたのにな」
俺は、豆次郎の笑顔を思い出した。
いつも頭が良くて、俺を助けてくれた豆次郎。
どうしてるだろう。
「彼は彼で、1111H-Dで与えられた運命をまっとうする。
あの世界に彼は必要不可欠だ」
悠人が静かに言った。
「みんな、それぞれ精一杯、生きてるんだよな」
「そうだ」
悠人は空を見上げた。
「この世界が暗黒の分岐から離れていくのを感じる。
いつまでもこの安寧がつづくことを願う......」
悠人は、空に舞う花びらに向かって小さな両手を大きく広げた。
「俺もそれを願う」
葵と目が合う。
彼女も幸せそうに微笑んでいた。
-----END-----




