第204話_【豆次郎】光一の涙
「光一。ひさしぶり」
「ホントだな、ひさしぶり」
2ヶ月くらい前に、桜沢さんに言われた。
[光一のことを、しばらくそっとしておいてほしい。
お母さんを亡くしてだいぶ落ち込んでいるから......と]
だから、光一に会うのは、2か月ぶりくらいだった。
俺はラットプルダウンのベンチに座りながら言った。
「光一、お母さんのこと、お悔やみを言うよ」
「......ありがとう」
光一は寂しそうに笑うと、ちいさくうなずいた。
ベンチに座りながら、光一が俺にたずねる。
「俺、しばらく大学に行けてなくて。だいぶ休んじゃってる。
でも大地震が起きたことで、配慮措置がいくつかあるみたいで、
レポートを提出すれば単位をもらえるみたいなんだけど......」
「うーん、どうなんだろう。分からないな。
俺も大学に行ってないし、授業も受けてないから。
俺は、もともと大学生じゃないんだし」
「あっ、そうだった」
光一は、手を叩いて目を見開いた。
「あの......あたし、山口先輩のところに行ってくる」
それまで黙っていた桜沢さんが突然、そう言い出した。
「いつも豆次郎くんが山口先輩にベッタリだから、しばらく先輩と話してないんだ。
光一、また明日、様子を見に来るからね」
桜沢さんは、そう言いながらパーカーを羽織ると慌ただしくジムからでていった。
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「教えて欲しい。
豆次郎はどうして暗黒の分岐を狙ってたんだよ」
光一が真剣な目で俺をみつめていた。
(どう説明したらいいんだろう)
俺はしばらく考え込んだ。
だが口を開いた。
もうウソはつきたくない。
「俺の世界は1111H-D......核戦争のおきた世界って言えば分かるかな?」
「......っ!あそこか!羅針盤の悠人もあそこから来たんだ」
「あの世界には、俺の家族や友人が住んでる。
俺には小さな妹がいるんだ。
俺は自分の大切なひとを、とくに妹をこの世界に招き入れて食べ物を腹いっぱい食べさせてやりたいって考えた」
光一は俺の目をじっと見つめていた。
そしてポツリと言った。
「......どれくらい?」
「えっ?」
俺は聞き返す。
「どれくらい、家族と離ればなれになっているんだ?」
「えっ、家族?俺の家族と?
......俺が1111H-Dを離れてからずっとだけど?」
光一が何を聞きたいのか、つかめずに戸惑う。
「何か月?何年?家族と......その妹と、離ればなれなんだよ」
「そうだなぁ。もう2年になる」
光一はとつぜん、ベンチから立ち上がった。
「だめだよ!!そんなの」
「えっ?」
めずらしく光一が声を荒げているのを見て、俺は不安になる。
「だめだ。家族と......大切なひとと離ればなれになっちゃいけない。
大切なひととは、一緒にいないといけないんだよ?」
「でも俺は、食べ物を」
「そんなの、豆次郎の妹はきっと喜ばない!」
光一はさらに声を荒げた。
「豆次郎の妹は、兄ちゃんに会いたがってるはずだよ?
一緒にいたいって思ってるはずだ」
「なんで、そんなこと、お前に分かるんだよ。
俺の世界は、ほんとに食べ物がなくって、飢えていて」
光一の決めつけたような言い方に、俺はハラが立って思わず言い返した。
だが光一の顔を見てハッとした。
光一は涙を流していた。
「まだ小さな妹なら、一緒にいてあげなくちゃダメだ。
豆次郎の妹は食べ物なんかより、兄ちゃんに会いたい、
兄ちゃんと一緒に過ごしたいって思ってるはずだ......」
光一は、涙を拭いもせず、俺の目をじっと見つめていた。
「俺には分かるんだ。
俺は10歳だったけど、まだまだ母親に甘えたかったんだ。
たとえ圭一に傷つけられて殺されたってよかった。
母さんと一緒にもっと過ごしたかった。
もっと側にいたかった」
「光一......」
頭をガツンと殴られたような気がした。
俺は家族のため、幼い妹のため、大切なひとのため。
そんなことを言いながら、長い年月、家族の元を離れている。
「家族なら一緒にいないとダメだ」
光一は俺の両肩をつかむと涙を流しながらそう言った。




