第199話_忘れていたことを思い出す
葵が荷物を抱えて、突然ジムにやってきた。
「葵!来てくれたんだ」
「光一の電話、通じない。なんでだ?」
頬を膨らませて不満そうに言う。
「あぁ~。充電するの忘れてた」
「すぐにそうやって、何でも忘れる」
「そうなんだ。
まだ、なにか大事なことを忘れている気がするんだけど......思い出せなくって。
なんだか分かる?」
首を傾げて葵を見た。
「あたしに分かるわけがない。
光一は忘れっぽい。
忘れてはいけないことは、メモに残すんだな」
葵はため息を付きながらそう言った。
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葵はジムの中をずんずんと歩き、ミニキッチンの部屋に入った。
そして小さなテーブルに持ってきた荷物を広げた。
「うわぁ、これどうしたの?」
葵が持ってきた荷物の中身は、たくさんの食糧だった。
カップラーメンに、レンジで温めるご飯、缶詰、スープのパック......。
「うちで持て余してるから持ってきてやった」
「えっ、でも悪いよ?こんなにたくさん」
俺がそう言うと、葵は俺のことをにらんだ。
「あっ、ううん。ありがとう。
スゲー助かる」
あわてて言った。
葵は電話が繋がらなかったから、機嫌を悪くしてる。
これ以上、彼女の機嫌をそこねると厄介なのは経験上分かっていた。
「腹減ってたんだ!
うまそうだなぁ」
缶詰のおでんを手に取った。
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葵と小さなテーブルをはさんで、向かい合って椅子に座る。
おでんの缶詰を開けて、二人で食べることにした。
「お皿はないのか」
葵が聞く。
「あっ、あるよ。いつもうどん食べてるどんぶり」
戸棚から、どんぶりを取り出した。
「きれいに洗ってあるから」
葵はこんぶを、ムシャムシャと食べはじめた。
口を動かしてる様子が可愛くてじっとみつめてしまう。
「見てないで光一も食べろ」
葵がまた俺をにらむ。
あわてて、竹輪をたべた。
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食後、二人でウォーターサーバーの水を飲みながら話した。
「優香が、......そんなことを?」
葵から聞かされた話は衝撃的だった。
優香が自殺未遂して、入院しているという。
「いまは、豆治郎くんもついてるし、落ち着いてる」
「そっか......。葵は?葵は大丈夫なの」
「えっ」
葵がキョトンとした表情で俺をみる。
しばらく沈黙が続いたあと、葵は小さな声で言った。
「........ショックだった。
山口先輩がそこまで思い詰めてるなんて、思ってなくって」
「うん。そうだよね」
「今だって、山口先輩の側についていたいけど、豆治郎くんがいるから。
あたしはお邪魔だし」
葵はうつむいていた。
今にも泣きそうな顔をしている。
「豆次郎がついてれば、大丈夫だよ。
明日にでも見舞いに行こう?」
元気をだして欲しくて、テーブルの上におかれていた彼女の手を握る。
やわらかくて小さな手だった。
自分の親指で、彼女の指をスリスリとさすった。
「......っ。くすぐったいよ」
クスッと笑いながら葵が手を引っ込めようとする。
でも俺は離さなかった。
「こ、光一......」
葵は困ったような顔をしている。
その表情をみて、俺はさらに衝動が抑えられなくなる。
葵の手を自分の口に持っていく。
彼女の手の甲にキスをした。
「なんか、忘れてる気がするんだけど......。
でも忘れてないこともある」
葵の目を見つめて言う。
「葵のこと、抱きたいって言ったこと。
葵はまだ、その気にならない?」
「あっ......あたしは、そんなの忘れてた」
葵がそっぽをむく。
でも手はそのまま、引っ込めはしなかった。
「元気出して。優香は強い。
きっと良くなるから」
目をつぶって彼女の手に頬ずりする。
頬ずりした手にまたキスをする。
「葵」
彼女の手を離すと、今度は両頬をつかむ。
キスをしたくてたまらなかった。
「葵......すごい好き」
「あっ、光一、まって。あたし、思い出しそうなんだ......」
葵が俺の目を見つめる。
「思い出しそう?......なにを?俺が抱きたいって言ったこと?」
テーブル越しに、身を乗り出して、彼女の顔に自分の顔を近づける。
「ちっ違うよ。それじゃなくって。
光一が忘れてるのって......もしかして」
「えっ、なに?」
「お父さんに電話するのを忘れている?」
葵がそう言った。
俺は目を見開いた。




