第195話_【豆次郎】優香を苦しめてばかりだ
「まめくん、もっと食べて」
「もう食べられないよ」
俺は腹をさすってみせた。
「ほら。コーンスープ取ってきてあげたから飲んで」
優香が俺の口もとにスプーンを運んだ。
「自分で飲めるよ?」
「良いの。やりたいの」
優香は俺をじっと見つめたまま、スプーンをせっせと口に運んでくれた。
1143H-Cの病院内。
俺と優香は食堂の窓際の席にふたりで並んで座っていた。
窓からは新緑の木々と赤いバラの咲く庭園が見える。
だが、それはホログラムの映像で本物ではない。
1143H-Cは科学が驚異的に発展しているが、実のところ植物、生物は絶滅の一途をたどっている。
実際の窓の外には、荒れ果てた砂漠や干上がって痩せた土地が広がっているのだ。
食堂内は昼どきを過ぎているせいか、患者の姿はなかった。
シンと静まり返った室内に、清掃ロボットが動き回る静かな機械音がひびく。
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俺は2日前に、1143H-Cの医療用ポッドの中で目覚めた。
切り取られたはずの小指も再生されている。
腹の傷は、しばらくひどく傷んだけど、いまはむず痒い感じがするだけだった。
「優香。そろそろ元の世界線に戻らないと。
俺は回復してきてるし」
そう言うと、優香は急に怒ったように大声を出した。
「ここにいたい!
まめくんは、完全に治ってない」
「優香......」
優香の目は虚ろだった。
いまは、俺の世話に集中することで意識を別に追いやってるけど。
あきらかに、彼女は精神的に参っている。
自分が1142H-Aを暗黒の分岐に導いていることに正面から向き合えない。
現実逃避したい。
そんなふうに思っているみたいだった。
「元の世界になんか、戻りたくない。
ここでふたりで暮らそうよ。何もかも忘れて」
優香はテーブルの上に乗っている、俺の手に自分の手を重ねた。
「......優香。でもそれは」
(でもそれは、できないよ)
そう俺が言いかけたときだった。
「ここにいたのか。すっかり元気そうだなぁ」
般若が現れたのだった。
「般若......」
振り返って、般若の方を見る。
やつは、脳のメモリを拡張していて、賢くなっている。
俺たちの知る光一とうり二つだが、頭の中身が違っていた。
「嫌よ。まだ帰らないんだから」
優香が般若をにらみつけながら言う。
「あれっ、帰りたくないの?」
般若が意外そうに優香の方を見る。
「いつまでもいてくれたって、かまわないけど。
あまり留守にすると暗黒の分岐がすすんでしまうかもしれないよ?」
「暗黒の分岐......」
優香はハッとしたような表情をした。
「地震が起きてしまった。大きな地震が......」
優香はそう言いながら、震えはじめた。
「どうしよう。あたしのせいだ。
どうしよう、まめくん」
優香は涙を流しはじめた。
優香をそっと抱きしめて、背中をさすってやる。
(違う。優香のせいじゃない。
俺のせいだ。俺は優香を苦しめてばかりだ。
彼女の笑顔が見たいだけなのに)
「まめくん......」
優香は俺にギュッと抱きついた。
「おっと。お邪魔だな」
般若はそう言うと、くるりと背を向けた。
「明日、また来るよ」
般若はゆっくりと食堂から出て行った。




