第192話_葵の誕生日を思い出す
「10万円......」
蛭間さんに金を渡されて、思わず彼女の顔をじっと見返した。
「な、なによ。不満なの?あと1万円ならあげてもいいわよ?」
蛭間さんが、金の入った紙袋に手を突っ込む。
「違います。
困っている人たちからお金を取るなんて......と思って。
ただ壁にポータルを投げつけるだけなのに」
蛭間さんは、なにがおかしいのか「アハハ」と笑った。
「ポータルの中では、なにもかもが溶けてなくなる。
どうせ彼らは、お金を故郷に持ち帰れないのよ?
それに一度でも無料で引き受けてご覧なさい。
乞食みたいなトラベラーがウジ虫のごとく、光一のところに寄ってくるわよ」
俺と蛭間さんは雑居ビルから出ると、ジムの方向にむかって歩き始めた。
深夜なのと、治安の悪化のせいか、街はしんと静まり返っていた。
夜の間は誰もが家の中でじっと息を潜めているのだろう。
きれいな月が輝いていた。
街の灯りが少ないせいか、星がきれいに見えた。
「今の人たちの中で、お金が足りない人はいなかった?
支払いができなくって故郷に帰れないって人は出ませんでしたか?」
心配になって蛭間さんに確認する。
「あたしは彼らの有り金をすべて回収しただけ。
なかには、3万円しか持っていない子もいたけど」
蛭間さんは涼しい顔で言った。
「そんなことより。
もう一人のポータル管理者が亡くなった。
光一がマルチポータル管理者になった。
これはすごいことよ?」
「なんだか分からないですけど、俺はもう引退したいです。
ポータル管理者から足を洗いたい」
「死ぬまでムリよ」
蛭間さんは冷たく言い放った。
「あたしは彼氏の家で祝杯を上げる。
光一はジムに帰って寝なさい」
蛭間さんはそう言いながら片手を上げると、夜の闇に消えていった。
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無事にジムにたどり着く。
しっかりと施錠して、ホッとため息を付く。
ジムには、震災前に配達されたばかりのウォーターサーバーの水が大量にあった。
水をコップに注ぎ、ゴクゴクと飲み干す。
電気は通じてないので、生ぬるかった。
(それにしても。
こんなに短時間で10万円も手に入れるなんて)
俺は手渡された札束をじっとみた。
(葵......。どうしてるかなぁ。会いたいな......)
葵の笑顔を思い出した。
そして10万円に視線をやる。
「そうだっ」
圭一とのことや母親のこと、地震とかいろいろあってウッカリ忘れていたけれど。
葵の誕生日は明日じゃないか!!
危なかった......。
彼女の誕生日を忘れるなんて。
葵が欲しがっていた、「ナンチャラカンチャラポータル」って本。
10万あれば購入できる!!
俺はスマホを取り出した。
くそっ!!
ネットが通じない。
スマホを持ったまま、窓を開けて身を乗り出してみた。
通信会社が開放してくれた災害時用の無料Wifiに接続してみる。
(そうそう、これこれ!!マーラ・イーオンの永遠のポータルって本)
ブックマークしておいた本の通販サイトを見て、購入ボタンをおそうとした。
「えぇっ!!売り切れ!?」
愕然とした。
数日前までは、しっかり在庫があったのに。
もう手に入らない......?
くそっ。
どうせネットで購入したって物流は麻痺している。
明日、手に入れるのは難しいだろう。
本屋さんに売ってれば一番、いいよなぁ。
どこか売ってる店。ないかな。
大半の店は閉めてるだろうけど.......。それでも、どこかやってないかな。
俺は少ない脳みそをフル回転させた。
「永遠のポータル」は絶版になっていて手に入りにくい。
ということは古本屋とかなのかなぁ。
都内の古本屋。
(あそこなら、ありそうだよなー)
以前、般若に連れて行かれた古本屋。
古本屋の地下が、般若の世界の「基地」になっていたんだっけ。
スキンヘッドの親父が古本に囲まれて、基地の門番をしていた。
あの親父は、門番をするくらいだから、ポータルに関する本にも詳しいだろう。
しかも古本屋さんなんだし。
あのオジサンに聞いてみよう!!
そう思ったときスマホから、ピコン!!という音がした。
スマホにメッセージが入ったのだ。
<なぜ、連絡してこない。
マメに連絡しろと言ったはずだ>
メッセージは葵からだった。
送信時間をみると、だいぶ前に送信してくれたみたいだった。
俺のスマホが「圏外」だったから、葵のメッセージを受信できずにいたんだろう。
あわてて返信を送る。
<ごめん。いそがしかったんだ。ポータルを22箇所も開けてた。
詳しくはまた話すけど>
びっくりするくらい早く、葵から返事が届いた。
<22箇所!?
いったい、何をしていたんだ>
<文章で説明するの難しい。
明日、会えるよね?
午後から会いたい!>
<......会ってやってもいい>
<やった!!たのしみにしてる>
明日は葵の誕生日だ。
なんとかして、午前中のうちに「永遠のポータル」を手に入れる。
そして葵にプレゼントしたいと俺は考えていた。




