第188話_また会えなくなる
俺は般若の世界から元の世界へと戻ってきた。
アパートの玄関を開けると、葵と母さんが同時に顔を上げて、こちらを見た。
「光一!」
葵が叫びながら俺のほうに駆け寄る。
「一階の部屋の壁のポータルは、閉じたの?」
「閉じた」
俺は腕にはめたポータルを葵に見せた。
「豆次郎と優香がこの世界に戻るときは、般若がポータルをまた開いてくれるはずだ」
「そうか。
光一、早く服を着るんだ」
「うん」
葵が手渡してくれた自分の服を急いで身につけた。
悠人の助言通り、服を脱いでおいて良かった。
「豆次郎くんは?大丈夫なの?」
「般若が豆次郎を医療ポッドに入れてくれた。
大丈夫だよ」
「山口先輩は?」
「だいぶ落ち着いてきてる」
「そっか」
ふぅ......と葵は小さくため息を付いた。
「光一」
母さんが俺に声を掛ける。
母さんは、圭一の遺体のそばに座っていた。
「あたしは警察署に行って自首する。
あなたたちはこの場を離れて」
「えっ?警察?」
母さんの言葉にびっくりして聞き返す。
「そうよ。母さんは息子を殺した。
罪を償わなければ」
「そんな......」
呆然とした。
母さんが警察に捕まる?
そんなバカな。
「このアパートは取り壊されるし。
血の跡はきれいに掃除して、
圭一はポータルに隠せば良いじゃないか」
俺は必死に母さんにすがりついた。
母さんが刑務所に行くなんて嫌だった。
ゆっくり話したいことが山ほどあるのに。
やっと......やっと会えたのに。
「そんなのだめ。
圭一のことはきちんと埋葬してあげたいし。
.......っ......」
母さんはそう言うと口に手を当てて、まだ涙を流した。
「結局、そうなんだな。
死んでもなお、圭一は母さんを俺から取り上げる......」
俺は圭一にチラッと視線を送った。
顔にハンカチが被せられている。
「光一。そんなことない。
母さんは光一のことを考えない日はなかった。
今何してるだろう、ちゃんと食べてるかな、元気かなって毎日考えていたよ」
「でも......」
俺は子どもみたいに駄々をこねた。
母さんは俺をギュッと抱きしめた。
「母さんは、離れていてもいつも光一のことを考えてる。
たとえ......」
「えっ......たとえ?」
何か言おうとした母さんの顔を、覗き込む。
だが母さんは、
「なんでもないわ」
と静かに言っただけだった。
「お父さんに会いなさい。
お父さんがとつぜん姿を消した理由もきちんと聞きなさい。
これがお父さんの携帯電話の番号よ」
母さんは、手帳の端をやぶるとボールペンで素早く番号をかいて、俺に手渡した。
「父さん......」
俺はメモ用紙をズボンの尻ポケットに入れた。
「さぁ、行きなさい。母さんは警察に行く」
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悠人と葵と俺は、3人でトボトボと駅まで歩いた。
「大通りに出たら、タクシーに乗ろう?
っていうか、この大地震でタクシーどころじゃないか。
電車も止まってるか」
葵が言う。
俺が黙り込んでいると、葵が心配そうに顔をのぞきこんできた。
「光一、疲れた顔してる」
「大丈夫だよ」
俺は葵に笑いかけた。
「公共交通機関は麻痺してる」
悠人がポツリと言った。
「自転車を購入して、帰るのが一番早いだろう」
「自転車!?家まで何時間かかるんだよ」
俺たちは駅前で自転車を購入した。
悠人も俺も自転車を買える金なんて持っていなかった。
だから葵に金を借りて購入した。
街は大混乱だった。
斜めになった電柱。一階部分がつぶれている家。
隆起したアスファルトから、吹き出る水しぶき。
ヘドロのような泥水が溢れ出し、異臭を放つ用水路。
泣き叫ぶ人、商店では食べ物の奪い合いが起きていた。
目の前に広がる光景は、世界が暗黒の道へ進んでいることを思わせるものだった。
「暗黒の分岐か......やばいよな」
俺がつぶやくと葵がそれに答えた。
「まだ完全に暗黒の分岐に入ってないって。悠人が言ってたよ」
「そうなのか!悠人、未来はどうなってるんだ。
世界はこのまま崩壊するのか?」
「それはなんとも言えない」
悠人は子ども用自転車を漕ぎながら、遠くを見つめていた。




