第18話_ニセ葵の話をすべきなのか
腕から流れ出る血を抑えながら、駅まで走った。
両方の頬が、あいつに殴られたせいでジンジンと痛む。
般若からの変な仕事の依頼も、蛭間さんから受けたジムの住み込みアルバイトも、「ちょっと変だな~」
と思いつつ、俺はいままで受け入れてきた。
しかし、今回のニセ葵......これは、さすがに受け入れがたい。
あいつは、葵ちゃんじゃない。
ニセモノだ。
あいつが間違いなくニセモノだというのは、本能的に分かっていた。
問題は、どうしてニセモノが存在するのかっていうこと。
一体どうなってんだ。
俺はいつからこんな、おかしなことに巻き込まれ始めたんだろう。
あぁ。
本物の葵ちゃんに会いたい。
本物の葵ちゃんに「雑魚」って呼ばれて首を絞められたい。
駅について一息つく。
まだ心臓がドクンドクンと激しく脈打っている。
周囲をキョロキョロと見回したが、ニセ葵はついて来ていない。
そうだ。
豆治郎にニセ葵のことを話してみよう。
あいつはいろいろなことに詳しい。
確かあいつが言ってた、パラ.....なんとかワールドに関係があるかもしれない。
スマホを取り出して豆治郎に電話した。
だけど、あいつは電話に出なかった。
メッセージにも既読がつかない。
「豆治郎め。俺が必要としてるのに、なにしてんだ」
仕方がない。
俺は何度もうしろを振り返りながら、ジムの自分の部屋へと帰ることにした。
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「雑魚。待つんだ」
部活が終わったあと、バイトに行こうとすると葵ちゃんが俺に近づいてきて言った。
「雑魚」って呼ぶんだから、間違いなく本物の葵ちゃんだ。
嬉しくなってニヤけてしまう。
「左腕を見せて」
葵ちゃんはそう言って、こちらに手を差し出した。
部室の前の階段の踊り場。
周囲には誰もいなかった。
「左腕?どうして」
「練習中、お前はずっと左腕をかばっていた。
どうかしたのか気になる。見せて」
「えっ。俺のこと、ずっと見てたの?スゲー嬉しいけんだけど」
「ち.......ちがう!お前は怪しいから常にマークしてるだけ」
葵ちゃんは慌てている。
めちゃくちゃ可愛い。
ニセ葵に左腕を切られて、まだズキズキと痛かった。
だからつい、練習中に左腕をかばっていたかもしれない。
自分でも気づいてなかったのに葵ちゃんはそれに気づいてくれたんだ。
「それに、その頬のあざ。誰に殴られた?」
「あぁ。これ?」
俺は自分の頬をなでた。
ニセ葵に殴られたせいで、俺の口の脇は青く変色していた。
俺は迷った。
葵ちゃんに、「ニセ葵」の話をするべきかどうか。
いやいや。
とても話せない。
葵ちゃんにソックリな女に殴られて切りつけられたなんて言ったら、頭がおかしいやつと認定されてしまう。
「え~っと......やられたんだよ。とつぜん」
「だれに?どんなやつ?」
葵ちゃんが眉間にしわを寄せている。
「......えっと......女」
「女!?なんで女に殴られた!?知ってる女?」
しまった。
チンピラに襲われたとでも言えばよかった。
俺はバカだ。
「知らない女だよ。いきなり襲われた」
「護身術を習ってるのにやられっぱなしだったの?」
たしかに。
しかも相手は、女の子一人だったというのに。
でもニセ葵はすごい迫力だったし。
目玉をえぐるとか顔に傷跡を残すとか言われて、ビビってしまったのも事実だった。
「どこで襲われた?どんな女?年齢は?背丈は?」
「......夜の大学で。同い年くらいで、小さかった」
(葵ちゃんにそっくりな女......葵ちゃんそのものだよ)
俺は心のなかで呟いた。
「葵ちゃん。俺のこと心配してくれてる?嬉しいなぁ」
「バカ言うな!心配してない!」
葵ちゃんは大声を出した。
「お前を殴ったり蹴ったりするのはあたしの役目だ。
他のやつは、お前に手出ししてはいけない」
葵ちゃんは、早口でそう言った。
「とにかく腕を見せて」
「......」
俺はしぶしぶ、シャツの袖をまくり上げた。
「ひどい傷!」
葵ちゃんが俺の腕を見て息を呑んだ。
「相当、鋭利な刃物でやられてる。本来、医者で縫うべき傷口だ。
警察には届けたの」
俺は黙って首を横に振る。
「きちんと治療してないから、傷あとがひどく残るし、治りも遅くなる」
葵ちゃんは俺の腕を手に取り、優しくさわりながら上目づかいに俺を見上げた。
優しい。
俺と二人だけなのに、「優しい葵ちゃん」だ。
もしかして、冗談抜きで俺のこと心配してくれてるのかな。
うれしくなった。
「雑魚。いまからでも医者にいけ」
「無理かなぁ。医者に行く時間も金もない」
「雑魚はそんなにお金が無いの。
ほぼ毎日、アルバイトがあるようだけど」
葵ちゃんは、いつもストレートに質問してくる。
「恥ずかしいけどホントのことだから言う。
俺は貧乏だ。学費も食費も毎月払う部費もギリギリだよ。
アルバイトしないといけない。
葵ちゃん。ホント心配してくれてありがとう。
ゆっくり話したいけど、17時からバイトなんだ」
せっかく葵ちゃんが話しかけてくれたけど、バイトに遅刻するわけにはいかなかった。
「お前のことなんか心配してない!」
小走りに走り去る俺の背中に、葵ちゃんが小さく叫んでいた。




