第179話_歯車
【光一】
豆次郎を助けに行く。
そう思ってジムの出入り口のドアを勢いよく開けた。
ふと額から冷や汗が出ているのに気づいて立ち止まる。
まだ圭一の声が耳に残っている。
俺は、あいつが......怖い。
恐ろしい。
幼い頃に虐待された思い出が次々によみがえる。
染み付いた恐怖が、心の奥底に根深く残っているんだ。
豆次郎は俺の大事な親友だ。
圭一は俺の大事なものを、壊そうとしている。
昔みたいに......。
行かないと。
豆次郎は今この瞬間にも、あいつに苦しめられている。
(圭一は誰にも言わずに来い......って言ってた。
護衛の人たちに見つからないように行かないと)
護衛に尾行されれば、俺がどこへ向かったのか葵に筒抜けになるだろう。
そうなれば葵の身にも危険が及んでしまう。
護衛は、ビルの正面に立っている。
俺は、ビル裏側にある非常用出口の鍵を内側から開けて、外に出た。
ダッシュで駅へ向かった。
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【豆次郎】_アパートの一室
殴られた場所がじんじんと痛む。
顔も腹も、脚も。
故郷でも暴力を振るわれ、食べ物や貴重なものを身ぐるみ奪われるのは日常茶飯事だった。
だから、なんとか耐えてきたけど。
これ以上、拷問が続けば精神が折れてしまいそうだった。
精神が折れれば、俺は目の前に立っているサイコパス野郎に媚びへつらい、許しを請い始めるかもしれない。
そんなことにはなりたくない。
ギュッと目をつぶった。
バチが当たったんだ。
優香をだまして、世界を壊そうなんてするから。
だけど......。
腹をすかせた妹。
危険と隣り合わせの毎日。
寝床も食糧もなく、幸せとは程遠い生活。
そんな夢も希望もない俺の故郷。
俺は自分の故郷を救いたかったんだ。
救うには無限ポータルを開くしか無いと思った。
もしもこの世界が暗黒の分岐にすすんで、無限ポータルが開けば......。
そうなれば、腹をすかせた妹も、希望をなくした両親も、他の兄弟も、ここに呼び寄せられる。
みんなで幸せになれる。
自分がトラベラーだと知ったとき、俺は暗黒の分岐を目指そうと心に決めたんだ。
一番、豊かな世界であると有名なこの「1142H-A」で、暗黒の分岐を目指し無限ポータルを開く。
みんなに腹いっぱい食べさせたい。
笑顔が見たい。
その瞳に希望の光がやどるのをみたい。
そう思うことはそんなに罪なことなのか。
でも。
この世界を暗黒の分岐に導くことなんて、俺にできるわけ無い。
少しずつ、俺はそれを感じ始めていた。
この世界は光り輝いている。
希望に満ち溢れた子どもの笑い声。
安心して暮らせる家。
それに豊富な食べ物。
それを無にすることなんて......俺にできるはずがない。
最近は薄々、そう思い始めていた。
なによりも、この世界で大事な人ができた。
光一に桜沢さん、それに......優香......。
大事な人たちを苦しめるわけにはいかない。
暗黒の分岐に進んでしまったら、この世界も破滅してしまう。
俺にそんなことができるはずがなかった。
「おい、ぼんやりしてるな。
さっきから何を考えているんだ?
殴られすぎて、頭がおかしくなってきたか?」
「俺を殺せ!」
ケイシー.....光一の兄の圭一にむかって、俺は叫んだ。
「俺は1111H-Dから来たワームだ。
殺せ。光一は助けになんか来ない。ワームを助けに来るわけがないだろ?」
圭一は俺の言葉を聞くと、目を丸くした。
そして、ハハハ!!と大声で笑い出した。
「お前が、1111H-Dから来たワームだと。アハハハ。
なるほどな。
それで、あの女......暗黒の分岐の鍵の側にいたんだな」
「そうだ。俺を殺せ」
「そうはいかない。
光一はバカだから、お前のことを助けに来るはずだ。
あいつは単純なバカだからな。
苦しんでいる友だちを放っておけないだろうよ」
「そんなことはない。早く殺すんだ」
「ピンポーン」
チャイムの音がした。
「ほらな。光一だろう」
圭一は玄関ドアのほうに振り返るとニヤリと笑った。




