第177話_アジトへ行く約束
(豆次郎......いないなぁ)
スマホで葵と喋りながら、俺はジムのビルから外に出てみた。
週末の夜。
仕事帰りのサラリーマンや、若い男女がのんびりと駅に向かって歩いている。
23時過ぎだから、人通りはまばらだった。
キョロキョロと見回したけど、豆次郎の姿はもう無い。
「豆治郎くんは?いないのか?」
スマホの向こうから葵が不安そうな声で聞いてくる。
「うん。いない。
あいつ、俺たちの前から姿を消す......って言ってたんだ。
心配だ」
「......」
葵は電話口で黙り込んだ。
「明朝、野蛮な女の世界のアジトに行ってみる」
葵が口を開いた。
「えっ?野蛮な女の世界の......?
あの渋谷のラブホテル?」
俺はびっくりして聞き返した。
「そうだ、あそこに豆治郎くんは住んでいるらしい」
「あそこに?......マジか。
分かった。明日は土曜だし授業もない。
俺はバイトを休む
一緒に行こう」
「うん。念のため山口先輩も呼ぶ。
勝手に豆次郎くんに何かすれば、先輩はあたしのことを一生恨むって言ってたんだ」
「そうだな。優香は豆次郎の彼女だもんな。
優香にだまって勝手なことは出来ない」
俺と葵はしばらく無言になった。
「光一、もう23時近い。
危険だ。早くジムに戻って鍵をかけろ」
しばらくして葵がまた不安そうな声で言った。
「ありがとう。心配してくれてるんだ?
相変わらず護衛もつけてくれてるみたいだし」
ビルの近くに、目付きの鋭い男が佇んでいるのが見えた。
「お金かかるだろうし、もう護衛はいらないよ?」
「ダメだ。何があるかわからない」
葵は頑固なところがある。
俺がいくら、必要ないと言っても護衛をつけるのを止めなかった。
「葵、おやすみ。切るね?」
「......だめだ。ジムに入って鍵をかけてから電話を切れ」
葵は本気で心配してくれている。
「分かったよ」
エレベータに乗り、ジムのある2階にあがる。
そしてジムに入って、扉をしっかり締めた。
「戸締まりしたか?」
「したよ」
鍵がしっかりかかっていることを確認して、俺は返事した。
「葵......大好き。すごい好き」
「......っ。も、もう切るぞ。眠い」
電話はプツッと切れた。
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【葵】_約束の朝
「光一、来ないじゃない」
山口先輩が、キョロキョロと周囲を見回している。
「おかしいな。9時に待ち合わせたんだけど」
野蛮な女の世界のアジトである渋谷のラブホテル。
その最寄駅の改札で、あたしと山口先輩は、光一の到着を待っていた。
そのときスマホが鳴った。
光一からだった。
「......もしもし?光一、寝坊したな?」
「葵......」
光一は低い声で答えた。
「急用ができたんだ......。ごめん。今日は行けない」
暗い声で言う。
「えっ?なんでだ?なにかあったのか?」
「なんでもない。急用なんだ」
光一はそういうと電話を切った。
あたしはしばらく、スマホを眺めていた。
何か様子がおかしい。
いつもの光一とちがった。
いやな予感がした。




