第16話_夜の部室で
「葵ちゃん......どうして急に......でも、めちゃくちゃ嬉しい」
誰もいない夜の部室。
葵ちゃんはキラキラした目で俺を見上げていた。
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金曜の夜遅く。
俺はスマホを部室に置き忘れて、取りに戻ったのだった。
大学まで取りに行くのは面倒だったけど、取りに戻った。
土日をスマホ無しで過ごすのは不安だったからだ。
静まり返った大学の建物。
部室棟のある区画も真っ暗で静かだった。
(あれっ?部室の電気が点いてる。誰かの消し忘れかなぁ)
ドアの隙間から明かりが漏れている。
少林寺拳法部の部室のドアをガラガラと開けた。
「えっ!」
誰もいないと思っていたから、思わず人がいて声が出た。
なんと、葵ちゃんが一人でぼんやりとソファに座っていたのだ。
「こんな遅くにどうした?女の子が一人で、危ないよ?」
びっくりして葵ちゃんに声をかけた。
葵ちゃんはソファに座ったまま、俺の顔を見上げた。
目が合ってドキッとする。
「俺はスマホを忘れちゃって......あった、あった!」
長机の端っこにあった自分のスマホをリュックにしまう。
「ねえ。どうしたんだよ。そうだ、一緒に帰ろう。駅前でなんか食べてかない?」
葵ちゃんに声をかけるが、彼女は俺の顔を黙ったままじっと見つめ続けている。
「......光一」
「えっ」
いつも「樫谷くん」か、2人きりのときは「雑魚」なのに。
葵ちゃんはどうしちゃったんだろう。
「葵ちゃん?」
不安になって、ソファに座る彼女の顔をのぞき込んだときのことだった。
「光一!」
葵ちゃんはソファから急に立ち上がると、俺の身体にぶつかってきた。
(お!いつもの葵ちゃんだな。今日は首を絞められるのかな......それとも、ぶたれるのかなぁ)
俺が身構えたとき。
「光一......。好き......」
そういうと彼女は抱きついてきた。
「えっ、えっ?!」
首を絞められるのか、ぶたれるのかと思っていたので、しんそこ驚いた。
ギュッと強く抱きしめられた。
「葵ちゃん......」
俺も思わず彼女のことを抱きしめる。
しばらくして、葵ちゃんが俺の背中に回していた腕をゆるめた。
そして、俺の顔を見上げた。
「葵ちゃん......どうして急に......でも、めちゃくちゃ嬉しい」
葵ちゃんは俺を見上げている。
その瞳はキラキラしていた。
彼女の頬に触れる。
そして唇にキスをした。
そのとき、気持ち悪さを感じた。
(あれ......なんだ、この感覚)
じっと彼女の瞳の奥を見つめる。
「葵ちゃん......じゃない......」
自分の額から冷や汗が出るのを感じる。
外見はどう見ても、葵ちゃんだった。
でも俺の心の奥底、魂とでも言うべき部分が叫び声を上げていた。
この女は、俺が好きになった葵ちゃんじゃない!
「お、お前は葵ちゃんじゃないだろ!」
彼女の両肩に手をあてて、自分から遠ざけた。
「光一。ひどい、なんでそんなこと言うの」
ニセ葵は、涙を浮かべている。
「なんでだか分かんないけど、分かるんだよ。
お前は俺の葵ちゃんじゃない」
「......」
彼女は黙っていた。
やがて、ニセ葵はものすごい形相で俺をにらみつけた。
「フッ......。遅れた文明に住む愚かな下等生物め。
だが、どうやら本能的な知恵にはすぐれているようだな」
低い声でそう言う。
ニセ葵は唇の片方をキュッとあげて、ニヤリと笑った。
俺の葵ちゃんはこんな笑いかたしない。
「お前は誰だ!」
「あたしは、桜沢葵だよ。別の世界のね」
そういうと、ニセ葵はポケットからナイフを取り出した。
素早くそのナイフを俺の首元に当てる。
「お前に聞きたいことがあってわざわざ来たんだ」
「なんだよ。聞きたいことって」
「ポータルの場所を言うんだ」




