第15話_蛭間さんの帰宅
22時ごろ、バイトから帰ってきてジムで筋トレをしていると、人の気配がした。
振り向くと、蛭間さんが立っていた。
「あっ!蛭間さん。おかえりなさい」
蛭間さんは「東京を離れる」と言ったきり、1ヶ月くらいジムに顔を見せなかった。
「おかえりなさいか......なんだか、うれしい」
蛭間さんはニッコリ笑った。
「東京離れて、どこへ行ってたんですか」
「......まぁ、いろいろとね」
蛭間さんは少し疲れた顔をしていた。
「さっき買ってきたの。食べる?」
紙袋を俺の鼻先にぶらさげた。
「うわ。いい匂い。たいやき?」
「よく分かったわね」
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ジムに備え付けてある、ウォータークーラーからお湯を出す。
熱いお湯と、たい焼きを食べた。
「お茶っぱを、置いておけば良かったわね」
蛭間さんがぼそっと言う。
「お湯って体に良いらしいですよ。......なんだっけ、しろゆ?」
「さゆ......じゃないの?」
蛭間さんがアハハと笑う。
「俺、漢字よく間違えて読むんですよ。
居酒屋のバイトでも、冷奴のこと、つめたいやつ......って読んだり」
「それは、やばいわね」
笑ってくれるかと思ったのに、蛭間さんは真顔で俺を見る。
「留守中、変わったこと無かった」
ふいに蛭間さんが俺をじっと見つめる。
「なにも。相変わらず、お客さんはきてません」
「もうじき、お客さんが大勢、通過することになりそうなの」
「大勢......通過......?」
蛭間さんは黙ったまま俺の膝に手をおいた。
いつものスキンシップだ。
「あのっ。蛭間さん。変わったこと無かったって言ったけど。
個人的にはあったんです」
「......なに!?」
蛭間さんが鋭い視線をよこす。
「好きな人ができて。付き合ってるとかじゃなくって。
俺の片思いなんですけど。......だから、蛭間さんに触られたりとか、
そういうの、もう......ちょっとダメっていうか......」
ジムを追い出されるかもしれないな~と思った。
豆治郎の言う通り、蛭間さんが俺を「愛人として囲ってる」のだとしたら。
「もう触らないで」なんていう愛人は、普通、お断りだろう。
「そうなのね。残念だわ。光一とイチャイチャするの、楽しかったのに」
蛭間さんは寂しそうに笑った。
「俺は首ですか?」
「そんなことしないよ。どうして」
「......」
「それよりも。もうじきお客さんがたくさん通過するの。
そのときには、光一にもいろいろと協力してほしい。
儀式が必要になるから」
「えっ?儀式?なんですか?筋トレを教えるんじゃないんですか?」
「今日は、もう遅いわ」
蛭間さんは腕時計を見た。
「また今度、仕事については詳しく教えるから。
光一にしか出来ない仕事なのよ」
蛭間さんはそういうと、たい焼きのいっぱい入った紙袋を俺に押し付けた。




