第11話_俺は愛人として飼われている?
葵ちゃんは山口さんや豆治郎の前では、いつもの優しい葵ちゃんのままだった。
「この雑魚め」
と吐き捨てるように俺に向かって言ったあの言葉。あの態度。
あれはなんだったんだろう。
分からない。
でも葵ちゃんの目つきや口調を思い出すたびに、俺はどきどきした。
葵ちゃん、山口さんと食事したあと、駅前で彼女たちと別れた。
「豆治郎、俺ん家、すぐそこだから寄ってかない?話したいことがあるんだよ」
俺は豆治郎の袖をぐいぐい引っ張った。
豆治郎に「怖い葵ちゃん」のことを話しておきたかったのだ。
「えっ?光一ってここに住んでるの?」
トレーニングスタジオに入ると、豆治郎は室内をキョロキョロと見回した。
「そうだよ。奥の小部屋にベッドがあるんだ。そこで寝起きしてる」
「お前の実家が、このジムを運営してるとか?」
「いや。違う。ジムを運営してるのは蛭間さんっていう女性で。
俺は渋谷で彼女にスカウトされたんだよ。
それでここに住み込みで働いてる。
といっても、仕事は全く無いんだけど......」
「渋谷でスカウト?仕事がないのに住み込みで働いている......?」
豆治郎は「ハァ」とため息をつくと、
「どういうこと?」
とつぶやいた。
豆治郎はベンチプレスのベンチ部分に腰掛けた。
「どういうことも何も、言ったまんまだよ。
俺は住み込みでここで働いてる」
豆治郎にところどころ質問されながら、俺は今までのことをすべてヤツに話した。
父親が家の貯金を持ち出してとつぜん蒸発したこと。
学費や家賃が払えなくなったこと。
金欠で困っていたら般若から仕事を持ちかけられたこと。
渋谷で蛭間さんにスカウトされたこと。
ここで暮らしてるけど、一切ジムにお客さんが来ないこと。
蛭間さんにときどき身体を触られていることまで話した。
「なんかおかしくないか」
豆治郎が首をかしげながら言った。
「おかしいって、なにが?ぜんぶ事実だぞ。嘘はついてないし、隠してることもない。俺はバカだから、はなし忘れてることはあるかもしれないけど」
豆治郎はアゴをさすりながらしばらく首をかしげていた。
何かを考えているようだった。
「......実は俺たち、結構ヤバいことに首を突っ込んでるのかな」
「ヤバい?」
豆治郎は何を言ってるんだろう。
「光一の親父さんが、貯金を持ち出して蒸発した......。
光一が金に困ったところで、タイミングよく般若が光一に仕事を与える」
豆治郎がボソボソと小声でつぶやく。
「金に困った光一が般若の仕事を受けるしかないように仕組まれているとしたら?
親父さんの蒸発は、般若の仕業だったりして。
そうなると、犯罪の匂いもしてくる」
「えっ?般若がどうしてそこまでするんだよ」
「だってタイミングが良すぎる」
豆治郎は眉間にしわを寄せて俺を見上げた。
「蛭間って女も怪しい。
光一がアパートを追い出されるタイミングで住まいを提供している。
このタイミングの良さも、なんだか怪しいけど。
だけど単に、お前は愛人として囲われているだけって可能性もある」
「あ......愛人!?」
「そうだよ。マンションやアパートを買って、愛人を囲うってよくあるだろ?
今のお前の状態も、そういうのと同じようなものかもしれない。
ここは、蛭間って女が所有しているけど、実際は客も来なくて持て余してるトレーニングジム。
ここで働いてもらうっていう名目で若い男を飼う。
若くて見た目が良くて、バカな男を彼女は渋谷で探していた。
そして光一。お前が捕まったんだ」
「えー。まさか」
俺は首をブンブン横に振った。
「ベタベタ触られてんだろ?」
「まぁそうだけど。でもこの間、彼女のこと抱こうとしたら突き飛ばされたんだよ?
愛人ならエッチするもんじゃないの?」
「相手はおっさんじゃなくって、女だからな。
性行為そのものが目的っていうよりも、恋愛ごっこを楽しみたいだけって可能性もある。なんにしろ、その蛭間って女は金持ちだな。
こんな特殊な娯楽が楽しめるんだからさ」
「そうなのかなぁ。なにが楽しいのか俺にはまったく理解できない。
俺は葵ちゃん一筋になったから、蛭間さんに触られるのはもう嫌だなぁ」
「嫌なら早く、ここから抜け出したほうが良いと思うけど。
なんか普通じゃないだろ、こんなの」
豆治郎が眉間にしわを寄せたまま、あたりを見回して言う。
「抜け出したいけど、金が無いしなぁ」
俺は足元を見つめた。
豆治郎は頭がいいけど、少し考えすぎなんじゃないかな。
そんな気もした。
「それよりもさ。葵ちゃんの話をしたくて豆治郎をここに連れてきたんだ。
聞いてほしい、彼女のこと......」




