第108話_檜山の訪問
「ここが蛭間透子が隠れみのにしているジムね」
女刑事の檜山さんはジムに入ってくるなり、キョロキョロと室内を見回した。
「蛭間は?今日はいないの?」
「いないよ。蛭間さんは、ほとんどここには姿を表さないんだよ」
俺はラットプルダウンのシートに座ったまま檜山さんを見上げた。
「それで?そこにいるメガネくんはなんなの」
「やつは豆次郎だ」
「豆次郎?」
檜山さんは、レッグプレスに腰掛けている豆次郎に再び視線を送った。
「俺の親友なんだ」
親友と言われたのが意外だったのか、豆次郎がギョッとした表情で俺のほうを見た。
「まぁいいわ。とにかく今から言うことをやり遂げて欲しいの。
あなたはあたしの頼みを聞くしかない。なぜなら……」
「……断れば回転寿司の無銭飲食の動画をネタに刑務所にぶち込む……だろ?」
「そう。よくできましたー」
檜山さんはぱちぱちと拍手をした。
なんかムカつく。
「それじゃ、あなたにやって欲しいことを言うわね。それは、今行われているマンダラの研修会、あそこに行って、教祖を拉致してきて欲しいの」
「はあっ?マンダラの研修会だって?
それって、葵や優香も参加してるやつだよな」
「そうよ。いま、群馬県の左鍋郡で行われているアホな研修会よ」
それまで黙っていた豆次郎が口を開いた。
「檜山礼子さん、あなたもマンダラに属する人間じゃ無いのか?」
檜山さんは豆次郎の言葉を聞くと、「ハッ」と笑った。
「あたしはマンダラに属して無い。
その昔は、あたしもたしかにマンダラに心酔していた。
だけど目が覚めたのよ。マンダラではこの世界は救えないとね。
マンダラに反旗をひるがえした仲間はあたしの他に数人いるの」
檜山さんは俺の方に視線を向けた。
「あなたの大事な桜沢葵。危ないわよ。
マンダラの教祖に目をつけられてる」
「なに!?」
俺は、檜山さんの言葉にびっくりして立ち上がった。
「目をつけられてるってどう言うことだよ」
「教祖の命令は絶対なのよ。
桜沢葵は、教祖にひと晩をともにしろと言われたら断ることはできない。
情報筋によると、教祖は葵を特に気に入っているそうよ」
「なんだよそれ。エロ教祖なのか?」
「イケメンのエロ教祖よ」
「くそっ!葵が危険だ。
エロ教祖にいろいろやらされてしまう。
今すぐ研修会に殴り込みだ」
エロい教祖が信者である葵を無理やり……。
そんな!
ダメだ!
今すぐ葵を助けに行かないと。
俺は震える拳をサンドバックに叩きつけた。
「光一、冷静になれ。
それで、檜山さん。教祖をマンダラから拉致してきて一体、どうするつもりなんだ」
「それは、いずれ分かるわ」
「刑事のくせに、教祖を拉致して来いなんてよく言うな」
豆次郎が薄ら笑いを浮かべながら檜山さんを睨みつけた。
「今のあんたの言動、動画に撮って保存した」
豆次郎は、胸ポケットから、何やら小さな機械を取り出した。
豆次郎がスマホの動画を檜山さんに見せる。
「教祖を拉致して欲しいの」
と言う檜山さんの姿と音声がしっかり取れていた。
「思ったよりしっかり撮れてるなあ」
豆次郎はニヤニヤ笑っている。
「豆次郎!お前いつの間に」
豆次郎が動画を隠し撮りしているなんて思いもよらなかった。
「貸しなさい」
檜山さんは豆次郎から素早くスマホを奪い取る。
「ハハハ。動画は削除したわ」
「バカだな。その動画はもうクラウドに保存されている。
モバイルのデータを消しても無駄だ」
「くそ!」
檜山さんは悔しそうにした。
「お前が光一の動画を世に出せば、即座に俺もこの動画を世に出す」
「あんた、ただの大学生じゃないわね?」
檜山さんが豆次郎を睨んだ。
「ただの大学生だよ。誰でもこれくらい思いつくだろ」
「檜山さん!俺はエロ教祖をやっつけに行く」
「光一!?」
豆次郎が再びギョッとした顔で俺をみた。
「葵には指一本、触れさせない。
豆次郎、マンダラの研修会場に行こう」




