第10話_下級生物で雑魚な俺
葵ちゃんと山口優香、そして俺と豆治郎は部活動の帰りに晩飯を四人で食べようということになった。
女の子が好きそうな洋食屋を選んだ。
俺と豆治郎が隣同士にすわり、その向かい側に葵ちゃんと山口さんが座った。
「あ~、おなかすいちゃった。どれも美味しそう。山口先輩、何食べます?」
葵ちゃんが可愛い声でそう言った。
かっ、かわいい!
俺は息を呑む。
「あたしがサラダ取り分けますね」
みんなのサラダを取り分けてくれる葵ちゃん。
「......」
「やだ~っ。このお肉、柔らかくて美味しい。
樫谷さんも一口食べる?」
「......い、いや......俺は......だいじょうぶ」
なんということだろう。
俺は食事の前も、最中も、あとも、ほとんど無口だった。
俺は葵ちゃんを目の前にして緊張してしまっていたのだ。
女の子相手にこんなに緊張したことなんて無い。
とにかく葵ちゃんが可愛すぎた。
彼女は
「アハハ。豆治郎さん、面白い~」
と豆治郎のつまらない冗談にも可愛く反応してる。
俺が無口なもんだから、豆治郎が必死に何かを話しているが、ほとんど耳に入ってこない。
緊張して葵ちゃんの顔も見れない。
こんなんで、俺は葵ちゃんと付き合うことなんてできるのか。
途中、ふいに山口さんが
「ちょっとお手洗い」
と言って席を立った。
豆治郎もすぐに席を立つと、俺の方にウインクした。
葵ちゃんと二人きりにしてくれたんだろう。
だけど、俺は緊張して喋れないから、豆治郎に側にいてほしかった。
「......」
俺は勇気を出して葵ちゃんの方に視線を向けた。
葵ちゃんはトイレに向かって行った山口さんのほうをじっとみていたが、俺の方に視線を移した。
俺と目が合う。
「......っ」
俺は思わず、ドキッとして息を止めた。
葵ちゃんは大きな瞳をぱちくりさせて首をかしげてこちらを見ている。
どうしてこんなにかわいいんだろう。
そう思った次の瞬間のことだった。
葵ちゃんの表情がものすごく険しいものに変わったのだ。
そしてその口からは、さっきまでの口調とはうってかわって、低いハスキーな声が聞こえてきた。
「......お前、ワームだな」
葵ちゃんは顔の前で両手を組むと、俺を上目づかいに睨みつけながら言った。
「ワ、ワーム?」
あまりの葵ちゃんの変貌ぶりに俺は、固まる。
「山口先輩を誘惑する気だな。あたしには分かるんだ。
彼女には結婚すべき運命の婚約者がいるんだ。
お前とこうして親しくしてやってるのは、たんなる彼女の情けだぞ。この下級生物め」
彼女の言っている言葉の意味が全く分からなかったけど、俺は彼女に叱られていることだけはわかった。
「葵ちゃん......。何言ってるのか意味がわからないけど......なんだか、ごめん」
俺はとりあえず謝罪した。
「気安く名前で呼ぶな。この雑魚め」
葵ちゃんは俺をにらみつけると肉切りナイフを、テーブルに突き立てた。
ナイフは俺の人差し指と中指の間の細い空間に突き立てられた。
「ごめんなさい」
俺は謝りながらも、ゾクゾクしている自分に気づいた。
俺はもしかしたら、ドMなのかも。
葵ちゃんに叱られるのが楽しい。
葵ちゃんが何をそんなに怒っているのか。
ちっとも理解できなかったけど、もっと怒ってもらってもいいかもな。
そんなふうに考え始めていた。
「おまたせ~。なに話してたの?」
山口さんが席に戻ってきた。
「樫谷くんに、少林寺拳法部での抱負を聞いていたんですぅ」
「へぇ~っ。あたしも聞いてみたいなぁ」
葵ちゃんはいつもの可愛い葵ちゃんにスッともどった。
俺は、可愛い葵ちゃんよりも、怖い葵ちゃんのほうがむしろ好きかもしれない。
そう思った。




