0-9 この大陸の実態っていうわけで
団長をなんとか連れ帰った後、何があったのかと団員の皆に根掘り葉掘り聞かれたけど、俺もよくわかってなかったから何も言えなかった。
ただ……黒い鎧の奴らが急に村を襲ってきて、村人をどんどん斬っていって、団長を串刺しにして、バロンも……。そこまで言うと、師匠がそっと俺を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。
「怖かったでしょう、辛かったでしょう。いいのよ、もう大丈夫だから」
俺は無言で俯くしかなかった。正直、俺の右腕が化け物みたいになった時、俺じゃない俺が入り込んできて、ずっと目の前の奴らに向かって……「全員殺す」って叫んでいた記憶が焼き付いている。
あれは、俺の意志だったんだろうか? 俺が、あんな恐ろしい言葉や思考で、あんな事を……。俺はふと右腕を見る。もうとっくに血糊も洗って落とした。黒々としたモノなのに、恐ろしくて仕方がなかった。それにバロンの事もあるし……かなり考えがぐっちゃぐちゃで、頭がおかしくなりそうだ。
「どこへ行くの?」
俺が師匠の下を離れると、彼女が心配そうに俺に声をかけてくれる。俺は振り向かずに、「団長のとこ」と一言だけ。
後ろから足音が聞こえる。多分エルだろう。俺はエルの方を向きもしないで声をかけた。
「エル、あれは俺の意志だったのか? それとも、別の何かだったのか?」
「あれはお前でありお前ではない」
「どういうことだ?」
「お前の憎悪がああさせたのだ」
俺の憎悪? 俺は思わずエルに振り向いた。相も変わらずの無表情がそこにある。
「憎悪って……んなアホな。」
「アホな話かはお前が一番よくわかっているはずだ。もう一人の自分が自分の身体で何かをしていた。という感覚に陥らなかったか?」
「……ん」
俺が言葉に詰まっていると、エルは肩をすくめてため息をつき、俺を腕で指す。
「お前はまだその腕の恐ろしさが解っていない。理解しろ、その腕はお前の感情で暴走しかねん。まだお前が子供である限りは」
「が、ガキ扱いすんじゃ――」
「そういうところが子供だというのだ、莫迦者。感情的になるな、怒りや憎しみといった負の感情は、悪とは言わん。だが、物事が見えなくなり、大切なものを守るどころか、失いかねん。今日の暴走ぶりでは、近いうちにお前は人ならざる者と成り果てるだろうな」
エルは痛いところをどんどんついてくる。
カチンときて反論しようにも、多分エルには口喧嘩で勝てそうにもねえや。確かに、俺は年齢はもちろん、言動行動すべてがガキだ。シスターにも「あなたはお兄ちゃんなんだから、しっかりね」って言われて、頑張ってエレノアやルゥ、シスターも守れる男になってやるって思ってたけど……。
「う、ぐ……。確かに、そうだよな……俺は、どうしようもなくガキだ。すぐ怒ってすぐ諦めて……。シスターにも叱られてたってのに、そんなこともわかってねえガキだよ」
「わかっているならいい、あとは自覚だけだ。……そんなことを言っていたら、アルテアの部屋についたな。話はあとにしよう」
エルがそう言うと、ノブを捻ってドアを開ける。部屋の中には、ベッドの上で包帯まみれになった団長が横たわっていた。ドアを開けて部屋に入ってくる俺達に、団長の隣にいるフィリドラ姉ちゃんが声をかけてくれた。
「エルと楽しそうだったな。何を話していた?」
「全然楽しくねえよ」
「それでも、誰かと話すことは楽しい事だ。どんな話題だろうとな」
姉ちゃんは笑いながら、手に持っている水筒の中身を口にする。……多分酒だろう。匂いでもわかる。
「なあ、姉ちゃん」
「なんだ?」
「あの黒い鎧の奴らってなんだよ?」
「帝国軍だ。見た事ないのか?」
姉ちゃんは首を傾げると、俺は首を振った。
「俺、ずっと修道院でシスターに守ってもらってたんだ。知らなかった」
「ま、知らないならこれから知ればいい。無知は罪だが、知る事と学ぶ事は人間にとっての糧だぞぉ?」
姉ちゃんは豪快に笑い、また水筒の中身を口に入れる。
「いやはや、スパイが紛れ込んでたとは。俺も驚きだぜ」
姉ちゃんがそうこぼし、水筒を強く握りしめる。顔はいつもと変わらない笑顔……いや、目が笑ってなかった。スパイが紛れ込んでいた事に、それに気づけなかった自分に腹を立てているんだろう。
「アレン、団長はな。帝国に反旗を翻すつもりだってのはわかるな?」
「あ、ああ。なんとなく。でもなんでだ?」
俺の質問に、姉ちゃんの顔から表情が消え失せる。
「帝国騎士だったんだ、団長。俺もな。」
「……なんで、騎士のあんたらが革命だの反旗だのなんて――」
「今の帝国ってのは腐りきってるんだ。先代皇帝に毒を盛り、幼い皇女を皇帝に仕立て上げる、宰相一派のせいでな」
宰相一派に……? 宰相ってたしか、皇帝を補佐する人の事だよな?
「なんでだ? なんでそいつらが仕えてるはずの皇帝を毒殺するんだ?」
「野心高い野郎共だったんだよ、あいつら。誰もが平等である事を掲げた先代皇帝が心底邪魔だったんだろうさ。それで、毒を盛られた皇帝を病死でもなんでも適当に理由をつけて、娘を皇帝に仕立て上げて、傀儡の皇帝として裏から操れば、帝国……いや、この大陸は奴らの好き勝手できるって寸法だよ」
……なんて奴らだ。何も知らない子供を利用して、好き勝手しようなんて……!
「俺と団長はもちろん、その企みを見抜いて、今の皇帝にその事を伝えたんだ。俺と団長は一応あの子が生まれた頃から近衛騎士として、世話してたからな。……だが、そんな助言がとんでもない事を招いちまった」
姉ちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔をする。何か言いづらい事でもあるんだろうか?
「どうしたんだよ?」
「……やめにしよう、酒がまずくなる」
「なんでだ!? ここまできて――」
「っせーな、子供は寝ろ!」
姉ちゃんが俺とエルを子猫をつまむようにして、部屋から放り投げる。いてえ……なんなんだよ一体! 俺がドアを叩いても、中からは何も返事がない。無視決め込みやがって……!
「畜生、行こうぜエル!」
「……そうだな」
エルは考え事をしていたのか、返事が1拍程遅れる。こいつもどうしたんだろう? ま、いいか。




