17-6 不愉快です
ソフィア視点です
私はバーバラから報告を受ける。あの牛さん――いえ、レベッカ・リジアは、アレンを殺す事は出来なかった。そして、様々な葛藤の末、自ら濁流に身を投げて行方不明……。まあ、生きているはずはないか。仮に生きていたとしても、もう私の敵ではない事は確実だ。
ルティリーゼに私自ら赴いて正解だったわね。忌々しく輝く目障りな極星を消し潰す事はできなくとも、傭兵団に大打撃を与えることができた。それだけでもお釣りが来る価値がある。さて、ここで追撃しておきたいのし、私自らがあいつの首を斬り落とすのもいいんだけど……。あいつら並に厄介で鬱陶しい奴――アストリアの傷は、流石にもう癒えて起きてくる頃だわ。奴を一人で城を歩かせる訳にはいかない。だから、別の人間を向かわせることにしましょう。
傭兵団は、次にどう動くか……。私がそう心なしかワクワクしながら、考え込んでいると。
「陛下、ローズライトの王女が不穏な動きを見せておりますわ」
バーバラがそう私の前に光の玉を差し出す。覗き込んでみると、そこには映像が映っていた。見覚えのある女が似あいもしない鎧を着こんで、この城を目指してるのか、国境付近の森の街道を歩いている。ああ、あのお姫様。私に謀反を起こす気かしら。それとも説得? 説得してどうするのかしら。あの子の事だから、「戦うのはやめて―!」なんて言うんでしょうね。虫唾が走る。もうそんな段階はとうの昔に過ぎ去っているというのに、今度はどんな綺麗事を私に言ってくれるのかしら。
逆に興味が湧いてくる。
「お姫様は、こちらに向かってくるのでしょうね」
私はうんざりしたように声を出すと、バーバラは頷いた。
「いかがいたします?」
バーバラがそう尋ねると、私は腕を組む。
ま、どうせこっちに来るんだったら、私自ら「おもてなし」してあげないと。それが貴族としての礼節って奴じゃないかしら。
「丁重に迎えてあげましょう。私が出ます。……ああ、バーバラ。アストリアの監視をお願いします。随時報告し、奴が何をしようとも静観しなさい」
「……よろしいのですか?」
「ええ。奴も"大切な家臣"ですもの。彼女は私を想って行動をしている。見守りましょう」
私は心にもない事を口にした。それはバーバラも理解しているのだろう。私に頭を垂れ、踵を返して部屋を出る。
――結局、アストリアを生かして、甘い。などとバーバラに思われているかもしれないけど、奴はまだ利用価値がある。って、セイリオが教えてくれた。
そう、アストリアが帰ってきた、あの日。
私は、奴がバーバラに連れられて、私の前に現れたボロ雑巾のように敗北して、無残にも床に伏している彼女に向かって、初めて心から「ざまあみろ」と思い、心の底から大笑いしてやった。頭を踏みつけ、顔を覗き込んで、本当に心地がいい。散々私をイラつかせて、勝手に動いて勝手に敗北して。どんな心持でここに帰ってきたのかしら?
「アストリア、おめかしでもしたんですか? 随分と"絶世の美女"になりましたね。どうですか? どんな気持ちなんですか? 教えてくださいよ!」
高笑いを上げながら、私はアストリアの姿を嘲笑し、久々に清々しい気分になった。アストリアは、私を睨んでいたけれど……その視線すら気持ちがいい。所詮はあなたなんか私を楽しませる玩具でしかない。私を操ろうなんて身の程知らずにも程があるわ、この蛇女。それにしても声が出ないのかしら。かすれた声で何か言ってるわね。それも面白い。まるで喋る玩具が壊れたみたいに音が出てる。
「アストリア、本当は敗北したあなたを処断するつもりでしたが、気が変わりました。これから療養の期間を与えましょう。ゆっくり休みなさい」
私はそう彼女に命じて、その場を後にした。
その後はバーバラに奴の監視をさせ、アストリアをとりあえず休ませて様子見。まあ、あの程度ならすぐに復活するだろうけど。その後、どう動くのか……。
<アストリアの事、嫌いだという事は、よく伝わってくる。だけど、ああいうのは、こっちがどんなに強く言っても言う事を聞かない。だから、敢えて放牧しておくんだ。放牧したうえで、動きを把握しておいて、失敗したらいつだって処断すればいい。勝手に動いて勝手に失敗したとなれば、都合良く理由づけもできて、遺恨なく彼女を消すこともできる>
セイリオがそう教えてくれなかったら、きっと私は自分の中の苛立ちを爆発させて、暴走していたかもしれない。セイリオに感謝ね。
私が口元を緩ませて笑っていると、背後から誰かが入ってくる。
ああ、「アスラ・シュミ」。ルティリーゼに集ったコバエの駆除に一役買ってくれた女。そういえば、私に反抗してくるのが面白くて雇った傭兵だったわね。まあ、相手にするのは面倒だけど。何かと私と戦いたいなどと寝言をほざくもんだから、軽くあしらってた。
私はうんざりしたように、彼女の方へ身体を向ける。
「……何の用ですか? あなたをここへ呼んだ覚えはありませんよ」
「いや、随分楽しそうな声を出すもんだからさ。ついふらりとここに来ちまったよ」
「ああ、あなたが気にする事は何一つありません」
「そうかい」
面倒だな。……私が離れるか。私が部屋をさっさと出ようと、会議室の扉に近づく。
「そういや、"ネクちゃん"はどこに?」
「自室にいます」
「ふぅん」
殺気を感じた。こんな場所で? ああ、礼儀知らずの猿はこれだから……
私が背後を向けたからか、彼女が私の背に刃を向ける。「太刀」と言ったかしら。確か、東郷武国に多く出回っていたという、肉厚の剣。長く太いそれは、彼女の身長よりもあって、大振りの剣を使ってるのを覚えてる。……それを私に向けてきたのだろう。張り詰めた空気感が伝わってくる。本当に、弁えない猿。
「何のつもりですか?」
「いや、ネクちゃんが近くにいないあんたなんか、牙を持たない猪よりも簡単に倒せそうだな。そう思ってな」
「囀るな」
私は、右手を天井に掲げた。剣となったネクが光り輝きながら姿を現し、私に握られる。
「口を削ぎ落しておけば、耳障りな音を出さなくなる?」
奴を睨みながら剣を握りしめ、私が振り向いた瞬間に、彼女が太刀を振った。
長机が両断され、破片が飛び散る。この部屋は使えなくなるなあ。……こいつへの給金を全額回しておこうか。そう考えながら、私は彼女から離れる為に後退る。だけど、それを追って距離を詰めてきた。近づいてくる彼女に向かって、私は手をかざす。空中から魔法陣が浮かび上がり、そこから光の剣がまるで銃弾のように射出された。3本目まではアスラも斬り落としたけれど、4本目、5本目は奴の顔をかすり、左足を貫いた。それによって赤い雫が迸ったけど、怯みもしない。それどころか、そんな傷大したことが無いと言わんばかりに、私に向かって真っ直ぐ突進してきた。
「面白いな、魔王!」
「……不愉快!」
身体を斬ろうと、太刀を振る。そんな長い得物じゃ、私に勝てはしない。だからって油断はしない。
「主に刃を向けるなど、愚の骨頂ですね」
私はしゃがみ、そこから斬り上げる。真っ直ぐ天まで剣が弧を縦に描くも、奴はそれを太刀で防ぐ。ガキンと金属と金属がぶつかる鋭い音が鳴り響き、奴はニヤリと笑った。
「――紋章」
私がそう呟くように声を出すと、剣が描いた軌道に沿うように、青い光の紋章が浮かぶ。それがアスラの身体を貫き、彼女の身体は串刺しになった。この「アルトリウス」は、剣が描く軌道に合わせて、時間差で青い光の紋章を射出することができる。これに気づいたのは、あの日……クーゴとの戦闘の最中だ。時には槍の様に、時にはギロチンの様に、時には矢のように射出され、クーゴは対応できずに倒れた。まあ、一振りするだけで広範囲に槍や刃が射出するんだから、前もってその対応方法を知らない限り、されるがままだわ。
アスラも、私の追撃の紋章に対応できないのか、さっきから紋章に貫かれては吹っ飛んで、どんどん傷が増えていく。壁に叩きつけられ、天井に穴を開け、床に叩きつけられて。その度に赤い水たまりができていき、気が付いたらもう元会議室が真っ赤に染まってるわ。あーあ。もうこの会議室、使えないわね。そう思いながら、私は剣を振り、アスラを追い詰める。
「もう降参? 会議室が滅茶苦茶になってしまいましたよ。あなたのせいでね」
「……」
私は床に突っ伏している彼女の髪をつかみ、顔を覗き込んで睨んでやった。
「これがあなたとの差。私は、傷一つ受けてないですよ? 理解したのなら、二度と私を斬ろうなどと考えないように。時間を無駄にされるのは、本当に不愉快です」
私がそう言って、無性にイライラしたもんだから、腹いせも込めて、アスラの頭を力いっぱい床に叩きつけた。手を離すと、アスラは小刻みに震えている。
……ああ、こいつ、まだ。
アスラはこの状況だというのに、笑っていた。楽しそうに。
「は、は……ハハハハハハハッ! アハハハハハハハハッ!! いいな、いいなァ、魔王様ァ! あんたは強い。粋がった子供が強い力を手に入れて調子に乗ってるってとこがなけりゃ、もっと面白くヤり合えんだろうなァ!!」
アスラは転がって仰向けになり、穴の開いた天井を見上げた。力で捻じ伏せられ、オーラも切れて、恐らく骨も折れて、体中悶え苦しむくらいの痛みに支配されているはずなのに、べらべらとよくしゃべる。私を粋がっている子供と言っているのは、気に食わないけど……ま、言わせておくか。
「勝手に言ってなさい。無駄に血を流すのは理性のある者の行動とは言えません」
私が腕を組んでそう言ってやると、アスラは尚も笑う。
「あんたが一番本能で動いてんじゃないのか?」
――私が、本能だけで行動している。
その言葉を聞いて、私は腹の底から黒い炎が燃え上がるような、憎悪を感じた。
「だってそうだろ。あんたに理性がありゃあ。世界に喧嘩売って、人間をどんどん殺していくなんて、絶対にしないねぇ。あんたが人間じゃねえ事は魂を見りゃわかるさ。ハハハハッ、人間のフリは楽しいか? 半端者!」
――黙れ。
私の中の誰かが、そう声を出す。とても低い声で、威嚇するように。
「口を閉じなさい。今ここであなたを殺す事もできる。そうしないのは――」
「じゃあ殺せばいいさ。あたしは生死に興味はない、ただ強ぇ連中と戦う事だけが望みであり、あたしの自由さ」
「黙りなさい」
「アハハッ! 聞こえませんな、魔王陛下。そんなお声じゃあ、あたしの口は止まらないよ?」
――黙れ。
「……あなたなんかいつだって殺せる」
「じゃあなんで殺さない? 口だけ動かしても――」
私は奴の頬寸前を擦切るように剣を床に突き立てた。ジャキンと剣が突き刺さる音が鳴り、私の表情を見たアスラが、表情を無くす。さっきまでの饒舌はどこへいったのかしら。
――なんだかおかしい。心臓が破裂しそうに鼓動を鳴らしている。それに、張り裂けそうなくらい動いてる。おかしい……わからない。こいつをズタズタに引き裂いてやらないと。内臓を引き摺り出して、頭蓋骨を砕いてこいつの脳みそが何色か、こいつ自身に確認させてやらないと。
……えっ? 何、今の?
「私。なんでこんな事を?」
我に返って周りを見る。……おかしい、私。こんな……
「……アスラ、次の指示があるまで、部屋で休んでなさい。命令です」
「……」
アスラは倒れたまま私の顔をぽかんとした表情で見ていた。
私は頭を抱え、さっさとその場を後にする。本当に、何が起きたのか。
「私……何がしたいんだっけ?」
そうつぶやきながら、足早に自室へ戻る。一旦、冷静にならなきゃ……。




