0-8 悪魔にもなれるわけで
俺は腕を強く握りしめる。その時、俺の右腕が変形した。赤くて、でも漆黒で、まるで化け物みたいな腕。それに生きてるみたいに、ドクンドクンって脈打ってやがる。だけど、この俺に渦巻くようなどす黒くて、溢れんばかりの力。この力さえあれば……!
「ガアアアアァァァッ!」
俺は獣の咆哮に似た雄たけびを上げる。思えば、その声は俺の物だったのか、右腕に呑まれて別の奴に乗っ取られた俺があげたのか。そいつはわかんねえ。だが今はどうでもいい。俺は目の前の闇を右手で切り裂くように払う。闇が紙が裂けていくように晴れていき、一瞬眩しい太陽の光で白が視界を支配したと思ったら、目の前にはさっきまでの胸糞悪い光景が広がっていた。俺の姿を見た連中は、驚いている様子だ。
次は俺がお前らを蹂躙する番だ。怯えろ。慄け。恐怖しろ。目の前の連中を団長がされたみたいにしてやる。
「な、んだこいつ!?」
「魔物か!?」
「おい、子供を――」
俺はギャーギャー喚く鎧野郎に近づく。ちょっと走ったつもりだったけど、一瞬でそいつの目の前に距離を詰めていた。まあ、そんなことは今はどうでもいい。右手でそいつの頭を握る。ちょっと握っただけなのに、瞬く間に破裂しやがった。ぶしゃって変な音と共に、トンカチで叩いたリンゴみてえに簡単に潰れやがる。脆いな。
「なんだこいつ、人を串焼きみてえにするから、血は何色かと思ったけど、赤いんだ」
俺は多分無表情でそんなことを言う。
俺のそんな言葉と返り血を浴びながらあちらを睨むもんだから、奴らは腰を抜かしてビビってる。ああ、それより、団長は? バロンは無事なのか?
俺は振り返ってバロンにニードルを立ててやがった女の方を振り向く。女も鎧野郎と同じように俺にビビってる。笑えるな……こんな奴らに団長は何度も何度も……何度も串刺しにされたのか!
「殺す……殺す殺す殺す」
俺の口から憎悪の言葉が漏れて発せられる。
俺は女に向かって駆け出し、右腕で女の身体をつかみ、地面にそのまま叩きつける。身体が簡単にぐにゃりと曲がった。人間ってこんなにも簡単に……簡単に骨が変形するんだなぁ……。血って意外と生温かいんだな。よく本で殺人鬼の話を見たけど、あいつらもこんな気持ちで人を殺していたんだろうか?
「全員殺す……全員……」
俺の言葉なのかこれは?
いや、いい。鎧野郎共は全員この場で滅ぼしてやる。
―――
その後はまるで作業のようだった。逃げ惑う鎧野郎共を追いかけて、捕まえて、叩き潰して。あとは引きちぎった奴もいたな。それに真っ二つにもしてやった。
もう動けるやつがいないと思って周りを見たら、周りは血の海だった。村人も、鎧野郎も、皆死んでる……。腕も化け物のものじゃなくて、元に戻ってる。
ふと我に返ってその状況を脳が理解を始める。身体が冷えていく感覚に襲われた。
「ひ、ああぁぁ!?」
俺は情けない悲鳴を上げて、その場で後退って腰を抜かす。生きてるやつがいない……そうだ、団長! それにバロン!
「団長! バロン!」
俺が団長に呼びかけると、意識はあった。生きてる。
それから、バロンに近づく。
「バロ……」
バロンはうつ伏せになって動かない。俺は名前を呼びながら必死に身体をゆする。だけど、よくよく見てみると、バロンの首筋に赤い点みたいな跡がある。……ニードルで一突きされたんだ。確か、首筋には大事なのが通ってて、そこを突かれるだけで簡単に人間は死ぬって、シスターが言って……。バロンの顔は恐怖で歪んでいた。
人っていうのは本当に脆い。簡単に死んじまう。俺は項垂れて、彼に対する懺悔の言葉を繰り返した。
バロン……ごめん、守れなくて……。俺は唇を噛み、涙が出そうなのをこらえる。
「嘆いている暇はないぞ」
そう囁くようにエルの声が耳元で響く。俺が驚いて声のする方を見ると、エルが立っていた。
「アルテアが虫の息だ。アレン、早く運んでやれ」
エルは左手で団長を指し示す。
……そうだ、まだ団長が生きてる。急がなきゃ! 早く行かなきゃ! 俺はそう思考を巡らせる前に、身体が勝手に動く。
団長の上半身を起こして、俺は背中に背負う。重い……でも、早く。早く戻らねえと……! 俺は団長を引き摺って、なるべく早く小屋に戻る。