15-2 お前の事なんか、小物としか思ってねえ
雨は容赦なく俺達を叩きつける。地面はぬかるんで走りにくいが、前に進むしかない俺は走り続ける。エルはアストリアの居場所が解ると言い、道案内をしてくれた。とはいえ、木々が少ない岩肌がむき出しになっている断崖絶壁。その下は俺達のいた城が見える。その城の外側では黒い煙が何本も上がっていた。……恐らく、ばあさんの罠術が発動したんだろう。そのおかげで籠城が成功しているようだ。城側はそこまで被害が無いようにも見える。だけど、そんなの時間稼ぎに過ぎない。俺とばあさんがアストリアを倒さない限りは、奴らも止まらない。
走っている途中で、エルはある推測を語る。
『チサトは新たな技術の実験台にされた。チサトだけでなく、兵士もその技術の実験に使われているのだとしたら、兵士はどんなに傷をつけられても、倒れようとも。攻撃の手を止めないだろう。毒を受けて尚も立ち上がろうとしていたチサトがそのいい証拠だ』
そんな胸糞悪い技術を使って、そこまでして他人から奪うのか。
「まあ、なんとも思わないんだけどな。あいつらがどうなろうが、知ったこっちゃねえ」
『……そう言うと思っていた。奴らは物量で攻めるだろう。そうなれば、いずれ限界が来る。手早く済ませよう』
「ああ」
俺が返事をすると、エルが「この上にいる」と教えてくれる。言われた通りに坂を、バシャバシャと音を立てながら駆け上る。途中、水溜まりを踏んで大きく水しぶきが迸った。そのせいで若干走りにくくなったが、前へ前へと足を止めず進み続ける。
やがて、黒い金属の塊が目に入る。……ばあさんの言う通りだ。黒い鎧が雨を受けて濡れている。マントが雨で重くなっているのか、水を滴らせていた。顔は兜をかぶっているせいで見えない。だが、直感でわかる、決して弱くはない。むしろ、そんじょそこらの奴らよりは確実に強い。その事だけはわかる。
「こいつが――」
俺は言い終わらない内に剣を大きく振って、奴に向かって俺の二回りも大きい風の刃を奴に向かって射出した。雨と風を切り裂きながら奴に真っ直ぐ進む。だが、その風の刃は奴の直前で破壊される。……桃色と灰色の髪がなびく。ツギハギの身体を起こし、風の刃を叩き消した奴はすくっと立ち上がった。
「エレノア、ルゥ……邪魔すんなよ!」
俺は迷いながらもそうきつく叫ぶ。二人は不思議そうに首を傾げていた。
「兄さん、なんでおこってるの?」
そんな二人に鎧は囁く。
「奴は敵に操られている。君達が救ってやれば、きっと元に戻るよ」
「……うん。にーちゃは僕が戻すよ」
相変わらず二人の声が混ざり合ったような音を口にする。……それだけで俺はまともに動くことはできない。やっぱり、まだ二人と戦うなんてできねえ。
そう考えていると、突然俺は落ちるような浮遊感を覚える。――いや、クラテルが代わってくれたんだ。不安と同時に、ほっとした。二人と戦う覚悟は、まだ俺にないから。俺はクラテルと交代し、クラテルの見る世界を覗き込んでいる。あのブラッドスパイクと戦っていた時と全く同じだ。
「だったら、俺を殺してみろ。殺せるもんならな」
クラテルがそう吠える。このタイミングで代わってくれた事に、今回ばかりは感謝するしかない。
<クラテル、すまねえ……こんな役回りばっか>
「黙ってろ、集中できねえ」
クラテルが小声でそうつぶやくと、エレノアとルゥが首を傾げていた。
「だぁれ、あなた? 兄さんじゃない」
エレノアとルゥが突然代わって出てきたクラテルに気づいたようだ。気づいた途端、二人の顔にどんどん陰りが落ちてきて、今まで見せた事のない憎悪と嫌悪感に満ちた表情で、キッと俺達を見る。
「……なるほど、グラディウス。お前か」
「俺はアレンだ。「アレン・ミーティア」。覚えとけ、クソババア」
クラテルも怒りの表情を……いや、これは憎悪に満ちた感情。
「にーちゃの身体、返せ。悪者!」
エレノアとルゥも怒りで目を吊り上げている。……が、黒鎧がそれを制止した。
「少しだけお話をさせてくれないか、エレノア、ルゥ」
「……」
エレノアとルゥは素直に奴の言う事を聞いて一歩下がる。シスターに「大人の言う事を聞くように」と教えられたからだろう。素直なところは変わって無いようだ。
そんな二人を制止していた奴が声を出す。
「改めて名乗ろう。私は「アストリア・ベルフォーダー」。帝国元老院の一人である。貴様の名は?」
アストリアの自己紹介に、「ハン」と一言笑うクラテル。
「さっき名乗ったろうが。「アレン・ミーティア」。てめえの無い脳みそでちゃんと覚えておけよ年増が」
クラテルはわざと挑発するように、悪態をつく。……まあ普通の人なら怒り狂って攻撃でもしてくるんだろうが。アストリアは残念ながら普通の人じゃない。そんな安い挑発にいちいち構ってる暇はないのか、スルーして話を進めていた。
「では、アレン君と呼ばせてもらおう」
「気色悪い奴」
俺もそう思う。俺達に構わず、アストリアは俺達に手を伸ばした。そして、俺達も予想しなかった事を口にしたんだ。
「単刀直入に言おう、アレン君。……私に下れ」
は? ……なんだこいつ。一体何を言い出し始めたかと思ったら。「私に下れ」だ?
俺が押し黙っているのを良いことに、奴はベラベラと聞かれてもない事を話し始める。
「私は君の能力を買っているのだよ。君は知力も戦闘力も圧倒的だ。その力を蹂躙され、地を這う事しかできぬ愚民の為に使うのは、些か勿体無いと。そう思うのだがね。これから搾取され、死んでいく民を守る為に使うのではなく、大陸を支配し上に立つ、我々の大いなる計画の為に使うべきだ」
……その大いなる計画とやらが、何かは知らねえけど。お前、他人を見下せるほど、上にいるのかよ。俺はそう考えていると、アレンが怒りの感情で奴を睨んでいるのが解った。――気持ちは痛いほどわかる。こんな他人を道具にして、独善傲慢な奴に従うとか。天地がひっくり返っても、ありえない。こんな奴はヒトの上に立つ資格すらねえ。
「……何様なんだよ。お前は人の上に立てる程の高さに立ってんのか?」
俺は思ったままの事を口にした。
「てめえ、カティーアなんだよな」
「カティーア」と名前を出すと、奴は突然声を荒げて怒り出した。奴がなんで怒ってるのかはわかんねえけど、正体を隠しているのか。捨てたのか。どうでもいいんだが、こうも簡単に怒ってくれたのは予想外だし、からかい甲斐がある。
「その名はとうに捨てた。私はアストリア・ベルフォーダーだ!」
「俺はお前の事を知ってる。メラムプースの身体を冷凍保存して、何らかの理由で魂を移し替えて。若返って。他人の身体を盗んで迄、やりたい事ってなんなんだ?」
お前の事はなんだって知ってるよ。アレンの中のラケルの魂に触れた事で、カティーアがメラムプースの身体に魂を入れて、先代ザ・ワンの技術を使って若返ったという事を知った。
奴……カティーアによって俺は。俺と言う存在は、玩具のように継ぎ接ぎの身体にされたんだ。まあ、そのせいで人間を恨んでいたが……そんなもんは無駄だとラケルとアシュレイが教えてくれた。実際無駄だ。だったら、こんな事になった原因である奴を恨んでぶっ殺した方が、すっげえ楽だ。
カティーアは何もかも盗んで自分の物にする小悪党だ。小物だが、小物なりに小賢しい真似をする。だから、今ここでぶっ殺して終わらせてやる。
「答えなくていいよ。聞きたくもねえ。お前の事なんか、小物としか思ってねえからな」
俺がそう言い終わると同時に、奴の所まで地面を蹴り、駆け出した。奴の表情は当然見えないが、恐らく怒り狂ってるんだろう。当然だ、奴は馬鹿にされる事を嫌う。あえて挑発したんだからな。
「エレノア、ルゥ! 奴を殺せ!」
ガキ二人が俺に向かって赤い魔物の拳を振り下ろす。俺は、影から蛇を伸ばし、奴らの拳を絡めとって思いっきり崖下に投げ捨ててやった。――いや、身体を翻して、綺麗に地面に着地する。雨でぬかるんだ地面がズサァと音を立てて、捲り上がっていた。
「黙ってろ!」
俺は影を使って泥を掬い上げると、奴らの顔に向かって泥を投げつけてやる。流石にそれは予想外だったのか、泥は奴らの顔に命中し、うめき声を上げていた。目に泥が入ったようで、動きを止めて顔を伏せている。
よし、これでカティーア――いや、アストリアに集中できる。俺はそう思いながら、剣を握って奴に肉薄した。俺は首元を狙い、剣を振る。ガキンと鋭く鉄と鉄がこすり合う音が響き渡る。奴は首元への攻撃を、手に持っていたダガーナイフで剣を受け止めていたんだ。
「なかなかに素早い動きだな。流石は「神竜」と呼ばれるだけはある」
「俺はもう神竜じゃねえよ、クソババア」
俺は右手に炎を纏わせ、ダガーナイフを素早く握りしめた。高熱でナイフは溶け始める。刃はなくなって鉄の焦げる臭いが鼻についた。その事に気づいたアストリアは、咄嗟に頭を下へひっこめ、後退る。間髪入れず、俺は炎を纏わせた右手で奴の鎧に手を伸ばした。
グシャリ。と、肉を貫く鈍い音が響く。
俺の右手の甲を、波打った剣……フランベルジュが貫いていたんだ。痛みはない。だけど、動きを止めるには十分だ。奴は俺の顔に向かってダガーナイフを投げてきやがった。
寸前で避けたが、顔をダガーナイフが掠め、頬に痛みが走る。けど、隙を見せるわけにはいかねえ。俺は左手にある剣を横に振った。剣は奴を両断――するはずもなく、横っ腹の直前でまたダガーナイフで受け止められた。
「返してもらうぞ」
奴はそう言った瞬間、俺の右手に刺さっていたフランベルジュを抜き取り、俺の身体を斬る。肩から血が吹き出し、あの血トゲ野郎と戦った時の傷が開いたのか、激痛が身体を支配した。
「ぐっ……ああぁぁぁぁぁっ!!」
声を出さずにはいられなかった。雨で傷口から血がドクドクと絶えず流れていく。
……こんな奴、俺が万全の状態なら――
俺が体を起こそうとすると、アストリアが自分の斬った肩を足踏みする。念入りにグリグリと回し、その度に脈打った激痛が身体を走り抜ける。その度に俺は悲鳴を上げていた。
「この程度とは、拍子抜けだな。さっきまでの威勢はどうした?」
下品に高笑いを上げるアストリア。もう勝った気でいるんだろう。勝ち誇ったように俺を蹂躙する。俺は憎悪でどうにかなりそうだった。視界が黒く染まっていく。……ああ、こいつを殺さないと。こいつは、絶対に楽に死なせない。殺してやる。……殺す!
<クラテル……!>
「ちょっと……黙ってろ、アレン」
――嘲笑するように俺を見下す奴に向かって。俺は獣の咆哮のような叫び声を上げた。
「調子に、乗るなよ。……クソババアッ!」
俺の咆哮に怯みもしない。俺は奴の足を掴もうと右手を伸ばす。
その手を、奴は手に持っていたフランベルジュで地面に縫い付ける。痛みはない。だが、屈辱だ。ああ……だが、調子に乗るのもここまでだ。俺の視界が黒く染まり、奴を殺せと本能が叫ぶ。ああ、どうせ周りには誰もいない。暴れさせてもらうか。




