0-4 彼女に名前を付けたわけで
俺はふと女の子の方を見る。ツノを生やした女の子……でも顔は、ルゥの物だ。でも髪の色や目の色は全然違う。それに変なフリフリは着ていない。それに声も違う。顔つきだけ同じだけど全部違う。エレノアにも似てる気がする。……いや、なんていうか雰囲気がそれっぽくて。よくわかんねえけどさ。
「お前、名前なんてんだ?」
俺が女の子に尋ねると、彼女は首を傾げた。
「名前? 我にそんなものはない」
「あ、そう」
俺はそう答えると、女の子の方を見る。見れば見る程華奢な見た目だなぁ。ちょっと小突いたら折れちゃいそうだ。
「お前、何者なんだよ」
「我もそれはわからん。ただ、お前が我を強く望んだから、我は生まれた……」
「意味わかんねえ」
俺、お前なんか知らないし、強く望んだってなんなんだよ一体。
「じゃあ、俺の腕や目は? 移植したって、なんかその、魔法みたいなもんなのか?」
「マホウ……は知らぬ」
「知らない事だらけじゃん」
「知らぬ事は知らぬし、知っていることは万事一切合切天地明察有象無象神羅万象なんでも知っている」
そう言うと、彼女は俺を見る。表情は変わらないが、多分「どうだ」と言わんばかりなんだろう。
「なんだそれ、当たり前だろうが。それに意外によくしゃべるんだな、お前」
「我は喋る事が好きなようだ。言葉を口にするのが楽しいと感じている」
「なんか客観的にモノを言うんだな」
つくづく変な奴。本当に何者なんだ?
「まあ、いいや。それにしても名前無いと不便だな。なんか呼んでほしい名前とかねえの?」
俺が女の子に顔を近づけると、彼女は鼻を鳴らして腕を組む。……右腕がないからか、左腕で自分の胸を抱いているポーズになっているが。
「ないな。我は我だ」
「じゃあ俺が付けてやるよ」
俺がそう言うと、女の子はこちらを見つめ返してくる。
「ほお、我が気に入る名前をつけようというのか?」
「なんでそんなに上から目線なんだよお前は」
「早くしろ」
彼女は急かしてくる。名前をつける……つったのはいいけど、別に思いつかねえなぁ。でも、顔はルゥ、全体的な雰囲気はなんとなくエレノアに近いかもしれない。だったら……。
俺は腕を組んでしばらく悩み、顔を上げた。
「"エル"」
「エル……か」
彼女は初めて表情を変えた。どことなく口元が緩んでいるような気がする。
「では、我の名はエルだ。エルと呼ぶがいい」
エルがそう言うと、なぜか名前を連呼している。よっぽど嬉しかったんだな。と俺はちょっとにやついていた。
「何がおかしい」
「なんか子犬が名前を付けてもらって喜んでるみてえで、かわいいなぁと思ってさ」
「莫迦な。子犬とは」
エルが少しむくれているような感じがした。こいつ、表情がないかと思ったら、意外に感情豊かなんだな。そう考えながら、思わず吹き出す。
「……アレン。一つ言っておくが」
「なんだよ」
エルは思い出したかのように俺の顔を見る。そして、右腕を指し示しながら口を開いた。
「その腕と右目は我の物だが、我もその右腕と右目がどんな副作用をもたらすのかは、知らない。……そもそも、我も生まれて間もない。だから、その腕と目はどのような影響を及ぼすのかは全くの未知のものなのだ」
「どういうことだ? この腕、それに目は、そんなに危険なものなのか?」
エルは頷く。
「その目と腕の力を、決して自分の物と思うな。でなければ……人という器が壊れ、お前は人ではなくなるかもしれぬ」
「わけわかんねえよ。お前は人間じゃねえってのか?」
「我はヒトではない。それだけはわかる」
エルの言葉には何か、真剣さが伝わってくるような気がする。怖えな。そんなものが俺の体の一部になったってのかよ?
「ま、それはいいや。今日はあのオッサンもゆっくり休めつってるし、お言葉に甘えてゆっくりするついでに出かけようぜ」
「休むのに出かけるのか?」
「外が気にならないのか? 俺は気になるよ。それにまだ昼だしな」
「そういう事なら、我も同行しよう。外出というのは、心躍るものだ」
エルは心なしか嬉しそうだ。
俺はベッドから飛び起き、部屋のドアに近づいた。