4-4 忘れない、忘れてはいけない
あの時の事を思い出しながら、空を仰いだ。
陽の光が責め立てるように照り付けてくる。あの時、俺は……子供達を殺す事を躊躇ってしまったんだ。理由は……エレノアとルゥに彼らを重ねたから。
違う。そうじゃない。「化け物」だって事を、そう頭では考えても、身体が動かなかった。「痛い、やめて」なんて言われたら、できるはずがねえ。だってあの子達は、何もわからないままあんな姿になったんだ。そんな子達を、斬りたくない。
俺は、悪魔になりきってると思ったけど、結局なりきってるだけのヒトだったんだ。
「お前は人間らしいな」
エルがそうつぶやくように、俺に歩み寄る。
「ダメか?」
「いや」
俺の問いにエルは首を振る。
「人間らしさを残しているという事は、人間である唯一の証明かもしれんぞ。ヒトの感情は、ヒトのみが持つモノだ」
「……ヒトのみが持つ? そういや、昔そんな事言ってた気がするな……」
彼女の言い分はわかる。……そういう感情が残ってるからこそ、俺はあの時動けなかったのかもしれない。
「だけど、俺……もうあんなのと戦うのは嫌だ。声も聴きたくない。見たくない。……怖いから」
俺は思わず本音を吐露する。……怖いなんて、他の人には言えねえけど。
「……我も同感だ。あんな醜いモノ、人が触れてはいけない領域だよ」
エルも無表情で……いや、静かに、だけど。怒っているのかもしれない。表情に陰りがある。
「もう帰ろう。ここはもう何もない」
俺は立ち上がり、ズボンに付いた砂や埃をパンパンと叩いて払う。再度、俺は周りを見回した。廃墟、瓦礫の山。そして崩れ落ちた家具達。金品とかは盗賊が持ち帰ったんだろう。そういう光物はとくに見当たらなかったけど……それはそれでいい。残ってたって誰も使うわけでもないしな。
そして、俺はおもむろにある場所へと歩き出す。
「どうした?」
当然、エルがそう尋ねてくる。
「シスターに挨拶しにな」
俺はそれだけ答えると、崩れた修道院のすぐ近くにある、2本の木材を十字架のように重ねて作った物が聳え立つ――シスターの墓。それに近づいた。
十字架の前に、ポケットに入れていたものを取り出し、それをそっと置く。
「シスター。俺、もう二度とここには戻らないから。これ、シスターの物だから、返すよ」
俺が置いた物は、シスターが身に着けていた、銀色の十字架。シスターは不安があるといつも握っていた。俺もそうしていたけど……だけど、変わらないといけない気がする。これはシスターの形見ではあるけど、シスターの魂はもうそこにいない。だから、これを持っていたって、いつまでもシスターの影を追いかけているような気がしてならない。
「俺は今日、このために来たから。……じゃあな。ありがとう」
俺はそれだけ言うと、立ち上がり、踵を返した。
これで何か変わるわけでもないんだが……別に変りたいとかじゃない。いつまでもシスターに頼っているような気がしてたから、あれは返しておくべきなんだ。
俺は、もっと強くならなきゃいけないから。




