0-3 思いがけない出会いをしたわけで
次に目を覚ましたのは、どこかの小屋のベッドの上だった。
あんなに痛かった腕や目は、まるで何もなかったかのように綺麗さっぱりなくなっている。俺は体を起こしてみる。どこかの小屋……かと思ったけど、個室のようだ。ベッドとテーブルとイス、それに窓から差してくる陽の光以外は何もない、殺風景な部屋だ。
いや、ベッドの傍らで椅子に座っている赤い髪の女の子以外は、ごく普通の部屋って言えるだろう。
この女の子、変なフリフリの服に、青い竜のツノが頭から生えてるな。それに顔……どことなく、ルゥに似てるような。でもなんとなくエレノアっぽい? なんて考えてると、女の子もこっちを見ている。起き上がった俺に向かって
「気分はどうだ?」
と尋ねてくる。
その声はしわがれていて、まるで老人だ。見た目は女の子なのに。
「あ、ああ。そこそこかな」
俺はそう答えた後、思考を巡らせていた。
修道院が焼け落ち、シスターが殺され、エレノアとルゥはさらわれた。……全部夢だったんじゃないか。なんて思いもしたが、俺の右腕をふと見てみる。光を吸い込むような漆黒に、まるで赤い雷が走ったような模様が浮き出ていて、気持ち悪い見た目の腕だ。……見ていて不安になる。
「なん、だよ……これ」
「我の腕を移植した。それに、お前の右目も」
「右目も?」
俺は右目に手を当てる。確かに右目がある。鏡が見たいな……そう思いながら俺はキョロキョロと周りを見回した。
「何をしている?」
「鏡がどっかにねえかなと思ってな」
「顔は問題ない。違和感のないようにしたからな」
「どういう意味だよ」
女の子の答えに俺は尋ねる。違和感のないようにって、どういう事だろう?
「どういう意味も、そのままの意味だ」
ダメだ、答えになってない。
「わけわかんねえ。わかるように言えよ」
「……ふぅ」
露骨にため息ついてやがる。
俺がどうしたもんかと頭を抱えていると、部屋のドアが開いた。ドアの向こうから姿を現したのは、黒い服を来たオッサンだった。絵本で見たユニコーンみたいな太いツノと、紫色の長い髪が特徴的だ。……獣人か。背が高くて天井まで届きそうだ。大男じゃん。
「起きたか、坊主」
オッサンは太い声で俺に尋ねる。安堵したような表情だ。
「……ああ。ってか、オッサン誰だよ」
俺はぶっきらぼうに尋ねる。オッサンは困ったように笑い、俺に近づいてきた。
「俺はアルテア。「アルテア・エクエス」。エクエス傭兵団の団長をやってる。お前さんは?」
「……アレン。「アレン・ミーティア」」
俺がそう答えると、オッサンは目を細めた。
「そうか、アレン。お前が無事でよかったよ」
オッサンの答えに、俺ははっと気が付いた。シスター達の事を確認しねえと! あれは悪い夢だったのかもしれない。夢だったに違いない! そう思った。
「そ、それより! 俺はなんでここにいるんだ? シスターとか、エレノアは、ルゥは!? オッサン、なんか知ってんだろ!?」
俺が急に畳みかけるように質問するもんだから、流石のオッサンもたじろいでいた。俺の問いには、赤髪の女の子が答える。
「現実逃避をするな。修道院は燃え尽き、シスターとやらは首を落とされ、エレノアとルゥとやらは帝国軍に連れ去られた。目にした事実は、真実であり、決して幻想などではない。前を向け、受け入れろ」
彼女が諭すようにそう言うと、俺もその現実を受け入れる他ないようだった。……夢だったら。俺も死んでいれば。なんて後ろ向きな考えが脳裏を巡る。そして俺はその場で項垂れて顔をベッドに突っ伏した。
「……修道院にもう少し早くたどり着いていれば、シスターの命を救えたかもしれないし、お前さんの大切な者を守れたやもしれん。すまない……」
今更謝られても俺だって困る……これからどうすればいいのか。道を示してくれていたシスターはもういないし、エレノアとルゥは帝国の連中に連れ去られた。
そういや、なんで帝国軍の連中があんな辺鄙な場所に来てたんだろうな。
「……なんで帝国の連中は修道院を襲ったんだ?」
俺は顔を上げてオッサンに尋ねる。オッサンはというと、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「「子供狩り」ってのは知ってるか?」
「は?」
俺は首をかしげる。
「帝国に所属する「魔女ゴーテル」は、孤児の子供を各地から集めて、非人道的な人体実験を行っているらしい。……なんでも、子供を二人以上合成させて、強力なキマイラを作るため。だとかな」
「……なんだよそれ。そんなことの為に、エレノアとルゥが連れ去られたってのか?」
「ああ。帝国の皇帝が「ソフィア」って悪魔に代わって以来、手下の魔女ゴーテルは、この大陸の人間を恐怖で縛り付ける為に、様々なモノを作っている。それは、非人道的な人体兵器にまで至っているんだ」
……なんだよそれ。なんなんだよ!
「そんなことして、なんで誰も止めねえんだよ!」
「止められる人間は皆死んだよ。ソフィアが悪魔を召喚してから、あいつを止められる人間は誰一人いなくなった」
悪魔が何だってんだよ。そいつを止めなきゃ、俺みたいな人間が増えていく一方じゃないか。そいつのせいで、今もどこかで悲しんでいる人間がたくさんいるし、増えてるってことじゃないか!
「オッサン、今すぐ帝国に乗り込んで、そいつを止めないと! でなきゃ、まだ殺される人間が増えるって事だろ!」
「無理だ、帝国の勢力はこの大陸一だぞ。それに、各国も帝国に屈服している。今はまだ動く時ではない」
「はあ? そんなこと言ってらんねえだろうが! だったら俺一人で行くよ! エレノアとルゥを取り戻さないと――」
「落ち着け」
オッサンと俺の間に割って入ったのは、女の子だった。先ほどから黙って聞いていたと思ってたら、突然大声で俺達を黙らせる。
「アレン。お前は冷静になれ。感情を昂らせ、冷静にモノを考えられなくなっている」
「俺は冷静だ」
俺が苛立ちを抑えながらそう口にすると、彼女は首を横に振る。
「アレン……お前の気持ちはわかる。大切な者の安否が気になるのは人間だれしもそうだ。だが、お前のような小僧に何ができよう? 一人で行けば、必ず死ぬ。そうなれば、シスターとやらも、エレノアとルゥとやらも、悲しむだろうし、何よりそれは犬死だ。それでも行くのなら、我は止めぬよ。面倒だからな」
彼女の言い分に、俺は少し頭が冷えた。確かに、俺一人じゃどうしようもない。でも、このまま指をくわえて見ているだけなんて……
「アレン。お前の気持ちは痛い程わかるよ。俺も大切な家族を帝国の連中に殺されたからな。……だからこそだ。まずは俺達と行動しよう。独りで行動するよりはマシだ」
「つーか、傭兵団みたいな小さい連中で何ができんだよ」
俺はなんだか素直に慣れなくて皮肉めいた事を言ってみる。オッサンは笑い飛ばすと、俺の頭をわしゃわしゃとかきまぜた。
「今は小さいが、同士が集まればなんとかなるはずだ。先ほど言ったろう。今はまだ動く時じゃない。だがいずれは、革命を起こそうと思う。その為には、お前の力も必要だ」
「俺、戦闘経験ねえんだけど」
俺は今まで戦った事はない。ずっと、シスターが守ってくれたから……。
「そんな事、今から戦えるようになりゃいいだけじゃないか」
オッサンはそう笑うと、俺の背中を叩く。いてえ……力強すぎだっつーの。
「ま、今日はゆっくり休むといいさ。明日からまた移動するからな。寝てるもいいし、出てきて外の空気吸うのもいいもんだぞ。引きこもってると、気が滅入っちまうからな」
オッサンがそう言い終えると、すくっと立ち上がり、部屋を出ようとする。
「オッサン……」
「オッサンはやめろ、今から団長と呼べ。でねえと、鼻の穴から指ツッコんで奥歯ガタガタ言わせてやるからな」
「……こえぇ」
俺が何も言えなくなると、オッサ……団長は部屋を出て行った。