2-1 恐怖は始まったばかり
私が「恐怖政治」を始めてから早数か月。私とバーバラは、幾多の命を蹂躙した。私がバーバラを解放してから協力者を得て……ま、一方的に従わせたんだけど。とにかく、バーバラの開発した「術式」を応用した、魂と魂を繋げて一つに融合させる、「合成魔物キマイラ」の生成。それのおかげで半月も経たずに「ルティリーゼ妖精王国」、「ホロウハーツ蒸機王国」、「プレスタント荒漠公国」を屈服させることができた。あとは「ローズライト神導王国」「東郷武国」だけだけど、東郷武国……あの国は今「篭国」をしていて、なかなか手古摺っているのよね。……煩わしいけど、それも時間の問題かしら。もちろん、ローズライトの方もね。
……ただ、一つ気がかりなのは。ホロウハーツの方は何かきな臭い感じがする。表ではこちらに服従の意を示しているけど。……本当はこちらに牙を向けようと機会を伺っているんじゃないかしら。だとしても、ネクの力を使って黙らせればいいか。
「……黒い右手を持つ少年?」
私はバーバラの話を聞いて、彼女の言葉を繰り返す。私は今、謁見の間で命からがら逃げてきたという女兵士の話を聞いている。
「ええ、あれは……魔法。に近い何か。おそらく、ネクと同等のモノでしょう」
バーバラがそう言ってため息をつく。私は表情もなく、その部下が記した報告書を受け取り、内容を読んでいく。私が近衛騎士から解任した「アルテア・エクエス」と「フィリドラ・ソレイズ」。彼らが新たに傭兵団を結成したらしく、事もあろうか革命を起こそうというらしい。そして、軍を呼び込んで始末しようとしたが、謎の力によって暴走した少年に返り討ちに遭った。と。ちなみに、村人はほぼ殲滅し、傭兵も一人始末したとのこと。
私は報告した女兵士を見下ろし、腕を組んで、口を開いた。
「で、あなたは一人でおめおめと逃げてきたというのですか。危険だという少年を野放しにして。仲間は皆死んだというのに、随分無責任な人ですね」
私の冷たい言葉に、彼女は慌てて顔を上げた。無礼な人ね、面を上げろなんて誰も言ってないのに。
「し、しかし! 奴は私の分身をいとも簡単に――」
「いとも簡単にとは、こういう事でしょうか?」
私は彼女の言葉通りにしてあげた。隣にいたネクが彼女に向かって手をかざす。すると、ベキベキと音を立てながら彼女の腕が変形していく。ああ、血も流れてる。謁見の間を汚さないでほしいものだわ。
「あ゛ああああぁぁぁぁッ!!」
「報告ありがとうございました。もう消えていいですよ」
私が冷たく言い放つと、彼女は絶望に染まった表情で「まって」と叫ぶも、ネクは止まらない。彼女の身体はバキバキと音を立てながら捻じれ、上半身と下半身が切れてしまった。もう少し耐えてくれてもよかったのに。なんて、考える私も相当狂ってきてるのかしら。
私はネクの頭を撫でる。彼女は嬉しそうだ。
「黒い腕を持つ少年、私も気になる事が」
「……気になる事?」
バーバラの言葉に、私は彼女の方に顔を向けた。
「いえ……申し訳ありません。今は話すべきではありませんね。忘れてください」
バーバラはそう言うと、女兵士の亡骸に手をかざす。突然それが発火し、灰も残さず燃やし尽くす。お掃除ご苦労様。あとは焦げ跡と血を掃除させましょうか。私は使用人に命じ、それを綺麗に片付けさせる。
……それにしても。バーバラは何を言おうとしていたのかしら。気になるけれど、彼女の様子からして、話してくれなさそうね。彼女の口から言いたくなった時に聞けばいいかしら。
「それより、バーバラ。アルテアとフィリドラの傭兵団ですが――」
「ああ、あの元近衛騎士ですね。いかがいたしましょう?」
私は少し考える。彼らに恨みはない。むしろ……育ててもらった恩がある。傭兵団なんか所詮烏合の衆。今は脅威になりえないはず。今は捨ておけばいいかしら。我ながら甘いけれど。
「捨ておきなさい。所詮は烏合の衆です」
私の考えを彼女に伝えると、バーバラは頭を垂れた。
「仰せのままに」
……全く。
2章はアレンとソフィアの視点がごちゃ混ぜになっております。