1-3 これは世界への宣戦布告ってわけ
ネクが感じ取った、バーバラの魂の色。それがあるのは城の地下深くらしい。宰相の部屋に隠し通路があった。部屋にある隠し通路の存在を見て、罪悪感でも湧かなかったのかしら? ……そんなものあるわけないか。
私は隠し通路の前に塞がる本棚をネクに破壊させた。奥に階段が続いており、それを降りていく。冷たい石の壁と階段。それに湿っていて息も詰まるようなどんよりとした空気。地下に行けば行くほど薄暗くなっていく。
どれくらい降りたかはわからないけど、やっとある空間にたどり着いた。広い部屋の中央、黒い光の鎖で繋がれた青い髪の女性が項垂れていた。……見間違えるはずがない、バーバラだわ!
「バーバラ!」
私が思わず名前を呼ぶも、彼女の反応はない。鎖を切らないと……。
「ネク、鎖を」
ネクに命じると、ネクはすかさず手をかざす。鎖が切れていき、鉄が切断される大きな音がその場を反響する。鎖が全て切れると、バーバラは前のめりになっていたため、その場でまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「バーバラ! 起きて、バーバラ!」
私はバーバラの身体をゆすると、彼女の閉じていた瞳がゆっくりと開く。
「……そ、ふぃあ……」
か細い声に私は安心して涙をこぼす。ああ、こんなになるまで私……能天気に生きていた自分が嫌になる……!
「よかった、お母さまぁ……」
私は気が緩み、彼女を昔のように呼ぶ。そう、お母さま。私の本当のお母さまは、私を産んで死んだって父上が言ってたけど、いいの。今は私を親身になって育ててくれた目の前の……バーバラがお母さまだから。
「……ごめんなさいね、心配かけて」
バーバラが私の頭をそっと、優しく撫でる。ああ、久しぶりの感触だわ。よくこうやって撫でてもらっていた。
「綺麗な金髪だったのに、白くなっちゃって。それに、瞳も。赤くなってしまった。ごめんなさい、私はあなたを守る役目を、あなたのお母さまから賜っていたのに。肝心な時にあなたを守る事ができなくて……」
「いいのよ、バーバラ。あなたが無事ならそれで」
バーバラは私の言葉に涙を流し、無言で私を抱きしめてくれる。変わらない、大好きな匂い。お母さまの匂いだわ。良かった、バーバラが生きていてくれて……本当に良かった。
その後すぐ、バーバラは私を見て、少し戸惑いながらも
「ソフィア、今の帝国の状況はどうなっているの? 陛下は?」
と尋ねてきた。
バーバラは封印されている間の事は把握できていない様子だわ。当たり前か、こんな地下深くで封印されていたんだもの。説明しないとね。
私はバーバラに今まであった事を包み隠さずすべて話した。今、私が現皇帝である事、父上は奴らに殺され、私も殺されかけた事。ネクを喚んで奴らを粛清した事。……そして、これからやろうとしている事。きっとバーバラは私に同意してくれるはず。だって、彼女は私のやる事をなんだって肯定してくれて、私の望むことはなんでも叶えてくれたから。
バーバラは私の話を聞き終えた後、一瞬眉をひそめ、だけどすぐに穏やかな表情に戻った。
「そうね。それが"陛下"の望まれる事であれば、私は従いますわ」
バーバラは私に膝をつき、首を垂れる。……思った通り。あなたはやはり、私の自慢のお母さま。……本当は、こんな事に巻き込みたくもないけれど。だけど、今帝国を変える為には、バーバラ。あなたの力も必要なの。
「感謝します、バーバラ・ゴーテル=ヤーガ」
私はそう一言言うと、バーバラは満足げに微笑む。
「そうと決まれば、バーバラ、そのボロボロの服を早速着替えてちょうだい。私も、いつまでも血まみれのドレスなんか着たくないし」
「ええ、そうね。あなたの門出だもの。ふさわしい服を用意しなくちゃね」
バーバラは心なしか嬉しそうな声音だ。
だけどこの穏やかな空気はこの時で最後だわ。なぜなら、これからやろうとしている事は、確実に全ての人間を敵に回すに等しいだろう。だけど、皆の負の感情を全て受け止め、屍を踏み越えて行かねばならない。そういう道なのだから。
―――
私は翌日、帝都の人間をできるだけ城に集めるよう兵士に命じた。「重大な発表がある」とだけ伝え、暴力に訴えてでも従わせろと念を押した。皇帝の言葉を無視するなど、愚民のする事だ。愚民は蹂躙されても文句は言わせない。最底辺で這いつくばって生きているのだから、上の、ましてや皇帝の言葉に従わないようなら非国民だ。そんな悪い民は従うよう教育しなければ、ね。
城の門前に多くの人々が集まっている。こんなに群がってる様は、まるで蛆虫みたい。私の言葉に何を期待しているのかは知らないけど、私はバーバラの"魔法"で声を拡散してもらった。おそらく、これでこの帝都にいる全員に私の声が耳に入るはずだわ。
「お集りの皆様。本日もお日柄もよく、私の急な招集に足を運んでいただき、感謝いたします」
私の言葉に、皆が注目する。
「私は昨日、命を狙われました。あろうことか他でもない、信頼していた宰相達によって。ですが、私は天啓を授かりました。……それは声でもなく、私の隣にいる少女という形で、神は私に仰ったのです」
神なんてデタラメなんだけどね。でも、神なんかを信じる愚民共にはこれくらいがちょうどいい。神がどうのなんていえば、"教団"も私に従う他ない。逆らうようであれば――
私はネクに合図を送る。
「この帝国に蔓延る病巣を取り除き、腐りゆく前に帝国を、いいえ。世界を救えと!」
ネクは私の合図に呼応するように、門前の目の前にいる、赤ん坊の抱えた金髪の女性、そしてその周囲にいる何人かの民に向かって手をかざす。ネクの力によって、彼女たちの頭はまるで紙を丸め込むようにぐしゃぐしゃりと潰れていく。そして、破裂して赤い液体が周囲に、文字通り爆散した。
その光景を目の当たりにし、その場にいる全員がざわめき、動揺し、錯乱する。
「静粛に!」
私がピシャリと声を上げ、再び手を挙げた。
「静かにしない者は、順に粛清します」
その言葉に、皆恐怖して静寂が訪れる。畏怖の目。私に向けられるのはそれだ。……昨日の、私に向ける兵士たちと同じ目。
私は構わないで進める。
「今のは警告です。私に従わぬ者は、同じく死を意味する事肝に銘じておきなさい。私に意見する者、私の意に反する者。全て粛清対象です」
私は挙げていた手を天高くに掲げ、皆の耳に入るよう、一層声を張り上げた。
「覚えておきなさい、これは私の……世界への叛逆であることを!」
その時、皆が私に向ける視線、表情は、恐怖。
この日を境に、私の恐怖で全てを縛る、「恐怖政治」が始まったのだった。




