1-2 正しい世界の為には犠牲もね
「ソフィアちゃん、わたし……うまれたばかりであなたのことをまったくしらないの。おしえて?」
奴らの汚らわしい血で真っ赤に染まっているその部屋で、ネクが唐突にそう尋ねる。確かに、この子はこれから役に立ってもらわなきゃいけない。今までの事を知る必要があるわ。
「そうね……」
私は物心ついたあの頃の事を思い出しながら、ネクに語る。
―――
私が3歳の頃、私が覚えているのは乳母であるバーバラに、魔法の基礎やドライブの事。そして、私達の身体には必ずオーラと言う身を護るための魂の鎧がある事。魔法はドライブ……いえ、魂に直接干渉し、傷をつける事。その傷は治りが遅く、魔法は万物を凌駕する特別な力だって事。それを教わった。乳母である前に、バーバラは私のお母さまだわ。悩みも楽しみも、何もかも彼女と共有した。それほどまでに信用できる人だった。
もちろん、父上の事も尊敬していた。立派な方で、心優しく、部下の信頼も厚い。そんな人だ。父上はその時から「平等主義」を掲げていた。誰もが平等でいられるよう、いずれは帝国のシステム自体を撤廃していく予定だという。素晴らしい人だ……この方がいればきっと帝国の、いいえ、世界の未来は明るいものだと信じて疑わなかった。
……だからこそ、心優しい故に、そこに付け込まれたのでしょうね。
父が信頼する公家や、宰相一派の裏切りや謀反の意志を見抜けず、むしろ彼らはその信頼を逆手にとり、父上の喉元まで浸食していき、最終的に首を食いちぎったわけだ。
父が亡くなったのは今から3年前。私がまだ6歳の頃だ。そのころには、バーバラも遠征で姿を消していた。実際は違ったんだけど。
私の信頼する部下二人が、唯一心から信用できる人物だった。その二人も腹の中ではどう思ってるかなんてわかりっこないんだけどね。
「あなたは父上の後を継ぎ、皇帝にならねばならない」
父が亡くなった翌日に言われた言葉……今でも鮮明に覚えてる。
「ですがあなたは幼い。ですから今は玉座に座るだけでいい。それで皇帝の役目を果たせる」
あの時はわかってなかったけど。「傀儡になれ」と言っていたんでしょう。本当に、大人の言いなりにしかなっていなかった私自身が嫌い。バーバラの失踪も気づけなかった自分が忌々しい。何より、今まで腐った帝国を放置していた自分も、従うしか能のない愚民も、みんなみんな憎い!
私は父上のようにはならない。この腐った世界を変える為には――
「あなたの力がいるの、ネク」
「ん」
ネクの手を握り、私はネクの瞳をまじまじと見つめる。ネクは私の気持ちを汲み取ったように頷き、また笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。わたしのちから、じゆうにつかって。ソフィアちゃんのためなら、なんでもするよ。わたしはそのためにうまれたんだから」
まただ。「その為」っていうのがよくわからない。……もしかして、私があなたを呼んだ時に叫んだ事を言ってるのかしら? ……私はふいに鼻で笑う。それなら、私には権利がある。この子の力を使って、まずは片っ端から支配していきましょう。
能天気に暮らしている愚かな民に恐怖を教えてあげなくては。
……その為にはまず、バーバラの力が必要だわ。早速行きましょう。
私達はバーバラがいる場所を探ってみることにした。その時、話しかけてくる兵士が邪魔なので、見せしめとネクの力を試す為に、2、3人を始末した。そしたら皆私を畏怖するように見てきた。……それがあなた達の本性か。そんなものよね。昨日まで素知らぬ振りして……そういや知らなかったのか。どちらにせよ、あなた達もあいつらと一緒だわ。
私がバーバラを探しながら城を歩いていると、私の目の前に男女の騎士が慌てた様子で私の目の前まで走ってきた。……「アルテア・エクエス」、それに「フィリドラ・ソレイズ」。私の近衛騎士であり、私の世話係で……私がこんなになるまで気づかなかった。いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
――こいつらも何考えているかわからないわ。
「陛下……その姿。それに、その子供」
「こんにちは、アルテア、フィリドラ。今日は御日柄もよく――」
「陛下!」
アルテアは私の両肩をつかんで、大声で叫んだ。
「先ほどのアレは何なのですか! 兵士を……あんなっ、惨い仕打ち……」
「見せしめですよ」
「みせ、しめ……?」
私の言葉に二人は驚いているみたい。ま、当然の反応か
「ええ。私の道を塞いだのだから、当然の報いじゃないですか。ああ、そういえば。あなた達二人も私の道を塞いでいますね」
私の言葉に、ネクが手を動かそうとした瞬間、フィリドラが口を挟む。
「陛下……お言葉ですが」
彼女の言葉に私は思わずネクを制する。なぜそうしたのかはわからないけど。
「あなた、宰相一派と同じことしようとしていますよ。父上を死に追いやった悪魔と、同じ物に成り下がろうとしているんですよ、あなたは!」
……そんなの。
「言いたい事はそれだけですか? では、悪魔らしく命令させていただきましょう。消えなさい。私の気が変わらないうちに、この帝国から出て行きなさい」
私の表情、そして言葉に二人は何か言おうと口を開く。
「あなた達を今ここで近衛騎士から解任します、早く消えろ」
私が続けると、二人は無言でその場を立ち去った。それでいい。
「ソフィアちゃん、よかったの?」
「なにが?」
「あのふたり、はんげきしてくるかも」
「どうせ微々たるものよ。それより、バーバラを探しましょう。どうせこの城に隠して封印していることはわかっているわ」
私がそう言いながら歩き始めると、ネクは「うん」と頷いて私にとてとてといった足取りでついてきた。
……あの二人の言葉が胸に刺さるように残っている。二人は私に「宰相一派が父上を殺した。奴らは乳母のバーバラも封印し、今度は陛下自身の命も狙っている」と進言してくれたから。……だけど、やっぱり私の助けにはならなかった。でも命を助けて、この帝国から逃がしてあげるという、少しばかりのお礼をさせてもらうわ。一応、私を育ててくれた恩人でもあるから、ね。
……ごめんなさい、アルテア、フィリドラ。こんな事しかできない私を許してとは言わない。でも、せめて、私が大陸を支配するまではせめて幸せに生きていてほしい。




