22-5 優雅なティータイム
それから、その日の夜。様々な事を考えつつも、眠気には敵わない。いつの間にか眠っていたようで。――俺は夢を見た。
またあの部屋に来ていたんだ。もううんざりするくらい見た顔がずらっとテーブルを囲んで、優雅なティータイムと言った感じにカップを手に取っていたり、テーブルに並べてあるお菓子を口に運んだり。……いや、全然優雅じゃねえなこれ。絵本にあった、気狂いティーパーティーだ。
「やあ、アレン。だいぶスッキリした顔だねぇ」
ラケルはニコニコしながら俺にお茶を振舞ってくれた。エイトがいなくなり、エイトのいた席にクラテルが座り、その隣は母さんがいた。
「いやはや、僕が君の中にいてよかったね。でなきゃ、君もチサトちゃんも、あぼーんになってたよ」
「なんだよ、あぼーんって……」
「んふっ、気にしなーい!」
ラケルは相変わらず楽しそうに笑う。
「それにしても、いよいよ帝国との全面戦争ってカンジ? ……ドキドキするね」
「ラケル、遊びに行くわけじゃねえんだぞ」
俺の代わりにクラテルが突っ込む。ラケルは「てひひ」と笑い、舌をペロッと出した。
「ラケルは次の日に予定があると、眠れない性質なのよ」
「うん、だから今日はアレンをこの部屋に呼んだってワケ!」
「お前……自分は死人だから部屋に来ない方がいいって――」
「それはぁ、君からこの部屋に来るって意味! 僕が呼んだから無問題! おっけー?」
ラケルは目の前にあるイチゴのケーキを、フォークで切り分けて刺して、それで俺を指し示す。行儀悪いなぁと思いつつ、俺は俯く。
「屁理屈じゃねえか」
「それはさておき」
「さておくなよ!」
「まあまあ、眉間に皺が寄ってるよ? リラーックス♪」
相変わらずこいつは本当に、思考が読めない……なんか疲れる。そんな俺を尻目に改まって、ラケルは話を進めた。
「いよいよ数日後には、帝国と全面戦争なわけですが。こっからの戦いは本気で辛いよ。なんせ、厄介な力を持つ奴とかさ、独自の兵器を持ってる奴とかさ。いろいろ。いっぱい。たくさん。有象無象!」
「あ、うん……」
俺は何とも言えず、反応できなかった。
ラケルはそんな俺を見ながら、カップを口にする。
「まあ、これからは、死人も多く出ると思うよ。間違いなくね。その中には、君が大切に思っていた人もいる。だからさ――」
ラケルがカップをテーブルに置くと、カタンと音が響き渡った。その目は、今までで見せた事のない、鋭い瞳だ。
「弟妹を失った程度で引き籠るようじゃ、君はこの戦争で負けるだろうさ」
「……っ!」
弟妹を失った程度で……か。いや、実際そうだ。俺は師匠を失って、立ち直ったと思い込んでたけど、エレノアとルゥを自分の手で殺した。その事実を受け止め切れなかったんだ。
――きっと、こんなんじゃこの先、団長や副長、モーゼス兄ちゃん、スカイ兄ちゃん、ヘクト。そして……チサト。彼らを失った時にまた、こんな事が起きるかもしれない。大丈夫と自分に言い聞かせるように言ってたけど、まだ少し揺らいでる。
ラケルに指摘されて、こうして悩んでるのが証拠だ。
「全く、そんなんじゃ先が思いやられるな」
クラテルが足を組んで、鼻で笑う。
「……ああ、そうだな」
「ったく、反論しろよな……」
クラテルはつまらなさそうにため息をついた。その後すぐに、意地悪気な顔でニヤニヤ笑う。
「俺が代わってやろうか?」
「……それじゃ意味ないだろ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「うーん……」
「調子狂うなぁ」
クラテルが呆れ始めて、肩をすくめた。
それを見ていた母さんが、にこりと笑う。
「クラテルってば、「あいつの事は俺がよく知ってる」なんて啖呵を切って、アレンを守ってた割には――」
「お、おい!」
「あ、やっば。これ秘密だったわね」
母さんが何かを言いかけて、クラテルは慌てて立ち上がるが、母さんははっとしたように口元をおさえながら、目を見開いていた。
……っていうか、えっ。
どういう事なんだろう。俺はクラテルの方を見る。
「なんだそれ、お前、今までどこにいたんだ?」
「なんでもねえ――」
「アレンの心が砕けた時に、アレンがなんで過去の記憶の中にいたと思う? ほら、前にさ、クラテルってアレンの心を砕くために嫌な記憶を見せてたじゃん。あれと同じ事をしたんだよ」
ラケルの丁寧なそれを聞いて、俺は驚いて「マジかよ!?」と思わず立ち上がった。
「……まさかあの記憶を自分自身で砕くなんて思わなかったけど」
「あとまだあるよぉ」
ラケルがふひひひひと声を出して笑っていた。ニヤニヤといやらしい笑み。クラテルが項垂れている。
「アレン、エレノアちゃんとルゥ君を倒す時に、一瞬真っ白にならなかった?」
「……えっと?」
「ああ、覚えてないか。まあ、あの時、一瞬だけクラテルが君に成り代わってたんだよ」
……そうか、だから。
「お前が代わりになってくれたのか」
「もう、別に言わなくてもいい事をべらべらと。お前の口を縫い合わせてもいいか?」
「うひゃう、こわぁい」
ラケルは尚もケラケラ笑っていた。
「いいじゃん、クラテル。君、何もしてないとか思われちゃうよ?」
「別にいいよ、そんなんで」
「かっこつけ? だっせぇな」
ラケルがぷぷぷと、口元を押さえて笑っていると、クラテルはラケルを睨む。
「ま、クラテルもアレンのきょうだいみたいなものだし、何かと気にかけてるのよ」
「……手のかかるきょうだいだけどな!」
「素直じゃないんだから」
母さんも笑いながらカップの中身を口にする。
「クラテルのいじっぱり~ツンデレ~」
ラケルが追撃と言わんばかりに、からかっていると、クラテルはテーブルの上にあったスコーンを手に取って、ラケルの口に向かって投げつける。ラケルはそのスコーンを口でキャッチして、もぐもぐと口に入れて飲み込んでしまった。
……器用な奴。




