1-1 少女が世界を正すきっかけはね
1章はもう一人の主人公、ソフィアの視点となっております。
暗い部屋。扉には閂で開けられないように塞き止めてある。……でもそれも時間の問題だ。扉はドンドンと大きな音を立てながら破られようとしている。あいつら……ずっと前から「バーバラ」を封印してたんだ! 遠征だったなんて嘘ばっかり。それを信じていた私自身も能天気だった! そして私の味方を消して行って……。今日は私の番。私を消せば、帝国はあいつらのものなのだものね。何も知らない昨日までの私を叩いてやりたい。でも、そんなことはできない。
「ゴホッ、ゴホッ」
私の口から血の混じった咳が出てくる。床に血がボタボタと落ちて行く。吐いた血が白を基調としたドレスを赤く染めあげていく。口が血の味でいっぱいだ。
……私が馬鹿だった。あいつら、私の食事に少しずつ毒を盛ってたんだわ。父上もこうやって同じように……! 金髪だった髪は毒で白くなっていった。瞳も毒の影響で、青から血のように赤くって。まるでウサギみたい。身体もどんどん弱くなっていって、今は人より体力がない。ああ、本当に。こんなになるまであいつらを信じていた馬鹿な自分もあいつらも、こういった内部事情を知ろうともしない無能な部下も、明日も平和だと信じ込んでのうのうと暮らす愚民達も!
全てが憎い。憎い、憎い憎い。
「陛下、もう観念してくださいよぉ」
ねっとりと奴らの気持ち悪い声が聞こえてくる。
観念? なんで、どうして私が?
「もっと早くできんのかっ」
外の奴らの声が聞こえる。やっぱり木の扉じゃすぐに破られちゃう。
……早く、この状況を何とかしなきゃ……。殺される! こんな場所で、惨めに……父上のようになんかなりたくないっ!
私はどうすればいいかあたふたと周りを見る。
そういえば、ここは書庫だったわ。無我夢中だったけど、偶然にもこんな場所に。……もう一つ思い出した。バーバラと一緒に、「悪魔を召喚する方法」が書いてある本をこの辺りに隠してたんだっけ……。
私は悪魔を召喚する方法の書いてある本を、隠し場所から取り出し、急いで開く。悪魔を召喚する方法は簡単だった。私は自分の吐いた血を指で掬う。……今できる事ならなんでもしないと。悪魔でもいい、なんなら魂でもなんでも売る。だから、お願い!
「助けて……! 私はまだ死にたくないの、全てを破滅させるような……こんな腐りきった世界へ叛逆する力を私に頂戴ッ!!」
私がそう叫びながら、手を合わせて握り締める。強く、血が滲むくらい力強く。
それと同時に書庫唯一の扉が破られた。間に合わなかった……。私は絶望し、書庫にぞろぞろと入ってくる奴らを、絶望の表情で見る。
「陛下、お戯れはここまでですよ」
私が一番信頼していた宰相が私の前に出てきて、そうにやりと笑う。
「い、や……誰か……誰か!」
宰相に腕をつかまれ、私は恐怖で涙がこぼれる。殺される! 父上のように――
その瞬間、私が自分の血で描いた、床の「魔法陣」が眩い光を放つ。その場にいる全員が、その光に注目した。私も。
その魔法陣の光が消え失せると、銀色の髪の幼女がその場に立っていた。……目はなんだか光を映しておらず虚ろで。でも口元はゆるく笑っているようで。灰色のワンピースを着ていて……普通じゃないのは、幼女の頭から竜の翼のような白い羽と、スカートからは太い竜の白い尻尾が生えていた。
「なんだ、この子供は?」
奴らの一人がそうつぶやく。
「ねえ、わたしをよんだのはだあれ?」
皆が沈黙する中で、その流れを断ち切るように、幼女がそう尋ねる。私と目が合った。私のボロボロの姿に、幼女は何も聞かず頷き、笑みを浮かべる。
「あなたね。おねがいをかなえてあげる」
幼女が手をかざした。私の手をつかんでいる奴に向かって。
ボシュッという何かが潰れる音が頭上からする。見上げると、血の雨が降ってきた。身体は医師が存在せず崩れ落ちていき、目の前の宰相は首のない死体と化した。
そのおぞましい様子に、私を除いた皆が動揺をはじめ、口々に叫ぶ。
「みんな、にがさないよ」
幼女がそう言うと、同じようにして皆に向かって手をかざした。そこからは阿鼻叫喚と地獄絵図のようだった。幼女の見えない力によって、ある者は宰相と同じく首が潰れ、ある者は捻じれて血液が絞り出され、ある者は四肢がありえない方向に曲がり、ある者は首だけになり……まともな神経ならその様子を間近で見ているだけで気がおかしくなるだろうけど。
……私は呆然とその場にいる全員が動かなくなるまで、へたり込んでみていた。私もきっと、おかしくなってるのかもしれない。
「よーいしょっと。おわりっ!」
幼女は全員死んだ事を念入りに確認していると、笑みを浮かべて私に近づいてくる。銀色の綺麗な髪や、かわいらしい黄色の花飾り、灰色の服が真っ赤な返り血でべったりと汚れている。顔も返り血を浴びて真っ赤に染まっているが、彼女は気にしている様子はなかった。
「どう? わたし、ちゃんとおねがいかなえたでしょ?」
褒めてと言わんばかりに私の両手を握り、無邪気な笑みで私を見つめる。
「あ……うん。……すごいね」
私は状況がつかめておらず、頭が真っ白のままだ。
「えへへ。あなた、おなまえは?」
幼女が尋ねてくる。
「わ、わたし……ソフィア。「ソフィア・ベルゼ・フィスタ」」
「ソフィアちゃん! かわいいね」
私の名前を聞いて、彼女はにこりと目を細めた。笑顔は血で汚れていても、無垢でかわいらしい。
「じゃあソフィアちゃん、わたしのなまえをつけて。わたし、うまれたばかりでなまえがないの」
「え?」
「はやくはやく」
彼女が唐突にそんなことを言う。名前を付けろって……急にそんなこと――
私がそんな事を考えながら周りを見ると、私が彼女を呼ぶ為に開いてた本のある文字が目に入る。私はその文字を短くして、彼女の目を見て口にした。
「――「ネク」」
「「ネク」?」
「どう?」
「……うん、いいなまえ! じゃあわたし、ネクにするー!」
ネクはまた無邪気に笑った。
無邪気に小躍りするネクを見ながら、私はある考えが脳裏に浮かぶ。
「……ネクの力は、使える。この世界を支配する為に」
私は、この時、本当に悪魔に成り下がってしまったのかもしれない。でもいいの。父上も平等主義だなんて甘い考えを持っていたから殺されたんだ。だから……私は私のやり方で帝国を、ううん、愚民共が蔓延るこの美しい世界を守らなきゃ。
憎まれてもいい。恨まれてもいい。力で捻じ伏せればいいんだから。ネクを使って……!




