0-1 はじまりはとても日常的で
その日はいつものように、穏やかに日差しが俺達を照らす日だった。静かに、だけど優しく撫でる春の風。それに、風が運んできてくれる花の香り。何の花かはシスターは教えてくれなかった……いや、教えてくれたけど覚えてなかったのかもしれない。とにかく、その花の香りが鼻をくすぐる。俺はその花の香りが大好きだった。
俺は今、目の前を足取り軽くスキップしている、桃色の髪の妹の「エレノア」と、俺にしがみつく灰色の髪の弟「ルゥ」と、そしてちょっと先を先導する黒装束の背の高い姉ちゃん――「シスター」と一緒に、近所の森まで来ている。シスターが、「ジャムを作るからベリー摘みに行きましょう」だなんて言うからさ……。仕方なくシスターについてきたわけだ。
「アレン、エレノア、ルゥ。疲れてない? お茶があるから休憩にしましょうか?」
シスターがそんな事を言いながらこちらを振り向いている。俺やエレノアはまださほど疲れていないが、弟のルゥは元々身体が弱い。顔色を悪くしている。
「休憩するか。俺も疲れたしさ」
「にーちゃ、おやすみするの? エレゥも!」
俺が休憩すると口にした途端、エレノアが両手を振り上げてぴょんぴょんと跳ねだした。その顔は満面の笑みだ。ルゥの方を見やると、困惑しているような顔をしてこっちを見ている。
「休憩するの?」
「ああ。お前もつらいだろ」
「う、ううん。まだ大丈夫……大丈夫だもん」
ルゥは強がっているのか、首を横に振って全力で否定する。……なんで休憩するぞつってんのに強がってるんだか。
「ルゥ、ここで休憩しないと、あと森も山も峠だってたーっくさん歩かないとよ? 辛いわよ~。そこまで休憩しないわよ~?」
シスターがこちらに歩み寄り、ルゥに目線を合わせるようにしゃがみ込んで、そんな事を言う。脅しだろうけど、ルゥは本気にしたのかぎょっと目を見開いて驚き、首を横に振った。
「きゅ、休憩します!」
「よろしい。それじゃ、お茶にしましょうか」
シスターは満足げに頷くと、ルゥの手を引く。
「エレノア、アレン。シートを引くの、手伝ってくれる?」
「うん! エレゥ、やるー!」
シスターの頼みにエレノアはぴょんぴょん跳ねる。元気な奴だな、俺にも分けてほしいぜ。なんて思いながら、シスターとエレノアと一緒にシートを広げた。穏やかな風を受けてシートが広がっていく。
森の開けた場所にシートを引いて、俺達はその上に座り込む。シスターが持ってきていたバスケットの布を取り払い、中からお茶の入ったボトルと人数分の木製コップ。それに人数分のお菓子を取り出した。
「皆、時間はたっぷりあるから、ゆっくりしましょうね」
シスターはコップにお茶を淹れると、それぞれに手渡す。喉が渇いていたから、俺は受け取った後に口にする。エレノアもルゥも、同じようにお茶を飲んでいた。エレノアは「おいしー!」と笑みを浮かべ、ルゥは無言で頷いて俺を見る。
「兄さん、美味しいよね」
俺は頷いてルゥの頭を撫でた。
温かい日差しが俺達を照らし、穏やかな日がゆっくりと時間をかけて流れていく。そんな、とてもありきたりで、だけどそれは尊いもので……
今思えば、まるで、夢のようだった。
0章は基本アレンの視点となっております。